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□籠の鳥
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いくら気持ちがあれど、元々持ち合わせている《人を信じられない》と言う感情はどう頑張っても綺麗に取り払うのは難しいようで

私はいつまで経っても、手放しに彼女を信じてあげられずにいた…

******

今日の商談は朝から風呂屋の方に泊っている近くの町の商人。
毎日持ち歩いている変わった形のノートを確認し、今日行う商談を頭の中でシュミレーションしていた。
今日の仕事自体はそんなに難しいものではないが、噂によれば少々変わり者である、と言う噂を聞いたのが少し気がかりであるだけで、いつも通りに事を終えられるだろう、なんて思い風呂屋へ向かって歩いていたとき

つい、見えてしまったのだ。
彼女であるフレイがダグと仲よさそうに談笑している姿を。
同じ町に住んでいるのだから多少、誰とでも関わりがあるであろう事
まして彼女は今この町の姫である。町の者達から十分信頼され、必要とされているのを私は知っているはずなのに…
心にモヤがかかり、ただ暗い感情だけが私を包んでいくような気がしてとても憂鬱になりつつも、商談があるのだ。気を取り直して仕事へ向かう事へした。

 …仕事は予想通りに進んだが、終始先ほど目にしてしまった情景が頭の中をチラついてどうしようもなかった。
本当に彼女を信じている人ならこんなに苦しまないんじゃないか。
私だから彼女を信じられなくて、私だから彼女を縛り付けて傷を付けてるんじゃないか
頭の中がそれでいっぱいになって私は両手で頭を押さえる。
なんで、どうして…
ただ誰かと一緒に居るだけで許せなくなる…?
こんな醜い気持ちを持っていること自体が許せない。彼女は彼女のモノであり、私のモノではないのに…


この感情が嫉妬であり、嫉妬からくる八つ当たりをしているのだと自分でも分っている
頭では理解していても、フレイが他の男と談笑している事に正直、イラついて仕方がないのだ
私は何ておこがましいのでしょう。彼女を一人…私だけを見て私だけを頼るようになれば良いのになんて狂気じみた感情を私は今まで感じたことなどなかったはずなのに

「…彼女の手を離す気もない癖に、逃がしてあげたいなんて。私はいつからこんな馬鹿になったのでしょうね。」
こんな汚れた感情は彼女に知られてはならない。胸の奥底に留めなくてはいけない。
そう思っていたのに
商談も終わり家へ帰る途中、レオンさんと頬笑みあい…あろうことかレオンさんがフレイの腰を抱きよせる様な・・・見つけた途端私は足早になり二人の前でピタリと止まった

「フレイさん、少しお時間良いですか?少し…城の整備等の話がありまして」
いつも通りニッコリと微笑めば彼女は私の方を向いて笑顔を見せてくれる。
彼女の部屋へと誘導しながら私はレオンさんを一度視線を合わせ…とても歪んだ笑顔をしたのは彼女には見えない。
レオンさんは驚いた表情を見せてきたが彼女から離れた彼には特に興味も湧く訳もなく私は彼女の後を追った。
彼女の部屋に入り…町の音が遠くで聞こえるような感覚になったと同時に私は彼女を後ろからギュウと強く抱きしめ絹の様に柔らかな髪に顔を埋めれば彼女は軽く笑いを洩らす
 「アーサーさん?どうしました…?くすぐったいですよ」
フフ、と小さく洩らされた彼女の声に私は嬉しくなり。あぁ…今ここに居る彼女は私だけを見ている。ただそれだけが嬉しかった。
 「フレイさん…私は貴女と居るととても満たされます。ただ…」
段々と小さくなった語尾も彼女の耳には入っていたようで、私の言葉をもっと引き出そうと私の腕の中で向きを変えた彼女は私の頬を右手で包むように…まるで壊れ物を扱うかのように優しく触れた
 「アーサーさん、泣かないで下さい…」
フレイにそう言われ自ら頬を触ってみると冷たい雫が頬を濡らしており…言われるまで気が付かなかっただけで私は泣いていたようだ
 「あ…れ…?何故でしょう…私は壊れてしまったのでしょうか…」
言葉を紡ぐ合間にも次々と涙は溢れ、彼女の指を雫で濡らしてしまう。
 「アーサーさんは壊れてなんていませんよ。…貴方は悪くなんてないんですよ。」
アーサーの頭を胸元できつく抱きしめ彼の金糸の様な髪を優しく梳く様に撫でれば彼は涙が止まらないのかフレイが力を弱めるまでずっと彼女に抱かれたまま…

…貴方が私だけを見れば良いのにって思っていたの。
私だけが貴方を閉じ込めたいと思うなんて不平等でしょう?
これで一緒ね。  ずーっと一緒よ。


二人が壊れてしまった今、彼らの世界には二人しか居ない。
どちらが罠に捕まってしまったのか…なんて今になってはもう誰にも分かりはしないけれど…




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