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□月夜
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 冬の終わりを告げるかと思われる位、ほんのりと温かい日差しが入るセルフィア城。
毎日のんびりとしているイメージしか湧かないこのセルフィア城が今日は日常とは違い、いつもなら仕事をしながら眠ってしまうクローリカでさえバタバタと慌ただしく駆け回っていた。
その理由は至極簡単な物で、毎日の始まりの仕事であるモーニングコールをしにクローリカがフレイの部屋に入ると、部屋の床でフレイが倒れていた。

 「ヴォルカノンさん。あとは僕、何をすれば…」
不安げに瞳を動かし動揺しきったビシュナルが執事長にそう問うと、彼はビシュナルの肩を力強く掴み、いつもとは違う小さな声で言った。

 「アーサー様を、お連れしてくれ。」


  私が彼女の元に着いたのはジョーンズさんの診察が終わってすぐだったようで、彼女に布団をかけ直している所だった。
 「……フレイさんは、どうしたんですか…?」
駆け寄った先に寝ているフレイはいつもよりも少し顔が赤く息も荒い。
高熱が出ている、と言う事だけは分かったがアーサーはジョーンズの言葉を待った。
 「おそらく、疲労で倒れ意識を失っていた…と思うのですが、色々見てみた結果倒れる時に頭を打っている様なので…そこは目が覚めてみないと何とも。」
簡単に説明されたが、おそらく…目が覚めて何か、おかしな所が出るかもしれないと言う事だ。 聞いた内容を頭の中で何度も反芻してはみるものの、アーサーはその事実を中々理解する事が出来なかった。
 「…今日は誰か、ついていてあげて下さい。目が覚めたときに一人では彼女も不安でしょうし。 …お願いできますか?」
小さく分かりました、と返事をするとアーサーはフレイの眠るベッドの横で彼女の手を握っていた。

 フレイとアーサーはよく、二人で出掛けているのを見る位、仲睦まじいカップルで結婚秒読みかと思われている二人であった。
ヴォルカノンはそれを考慮し、すぐに彼女の事態を報告しに行ったのと、この小さな町では遅かれ早かれ彼も知る事になるのだ。もし、姫の状態が悪くなってからアーサー様が知ったら、彼はどの様な気持ちになるか等、考えるまでもないのだ。

「ヴォルカノンさん…お教え頂きありがとうございます。ですが他の方にはまだ…黙っていて下さいませんか…?彼女なら、心配をかけたくないのに私が寝ている内に大ごとにしたりして!と怒ると思うのです。今日だけでも良いので…駄目ですか?」

姫の小さな掌をギュウ、と握りながら冷え切った声を絞り出す様にする彼の背中を見、ヴォルカノンは小さく御意、と恭しく腰を折り一つ礼をして退室した。
それでこの彼女…フレイの部屋には二人きり。ただただ聞こえるのは小さな呼吸音だけで祈るかの様に彼女の手を握る彼の悲痛な表情は見ていられるものではなかった


  あれから何時間たったのだろうか。ただ手を握り傍に居て…たまに髪や頬に触れてはみる物の彼女の大きな瞳が開く予兆など無く…
この部屋だけ時間が止まってしまったのかと思う程部屋の空気は重苦しく、アーサーは一つ大きな溜息をついた

 「毎日、貴方が会いに来て下さるから…私は仕事も国との関係を保つのも頑張って来られたのです。貴方の笑顔の見られない毎日等…嫌なのです。早く、目を覚まして下さい…フレイ…愛しています」
彼女の滑らかな指先へと一瞬キスを落とすと…彼女の指先がピクッと動いたのが分かった

 「フレイ、フレイ……」
 「あ……アーサーさん?」
薄く瞳を開けた後、私の方をぼんやりと眺め…彼女はやっと目を覚ましたかと一つ安心したものの、彼女の熱はまだ高熱で…安心しきれる状況にはなかったが彼女が目を覚ましてくれた、その事がただ嬉しかったが。どうやら様子がいつもと違う
高熱のせいなのかはたまた別の問題から来るのかは素人である私には分かる訳もなかったのだが、この不安は当たらずも遠からず。
 「アーサーさん、今は…夜ですよね?」
周りの空気は春らしくほんのりと温かい夜だが部屋は彼女が起きるまでは、と電気を消したまま月光の差す部屋に居た訳だが…
 「フレイ…今、電気をつけます。少し眩しいと思いますが良いですか?」
はい、と小さく返事が返ってきたのでゆっくり…と言っても電気のスイッチを押してしまえばすぐに電気は付いてしまうのだが。心なしかその動作が遅くなってしまう
彼女が、もしかしたら。……それが本当になってしまう瞬間を少しでも遅くしたくて
パチッと言う音と共に部屋へ明かりが灯る。フレイはありがとう、と布団の中で頬笑みかけてはいるものの、やはり。
 「フレイ、目が…見えないのですか?」
声が震えない様に…彼女に心配をかけないように…彼女が悲しまない様に。
そんな事を考えてはいるものの、どうしても口の中はカラカラと乾いていって

 「見えなくは…ないですよ。ちょっと…見えずらいみたいだけど」
へへ、と真っ赤な顔を緩ませると布団から右手を出し、ふわふわと右腕を彷徨わせる。
 「アーサーさん、こっちへ来て」
彷徨っていたフレイの右手をぎゅっと掴み彼女のベッド横へと置いておいた椅子へと腰を下ろすと、私は彼女の額へキスを落とす
 「まだ…熱も高いのです。眠れそうならばもう少し、寝ないと駄目ですよ?」
彼女の腕が寒くない様に…少し布団を直してやると、フレイと目があい、嬉しそうに彼女は微笑んだ
 「アーサーさんの顔、ちゃんと見えます。明日には治るから…おやすみなさい。」
はい、と小さく返事を返し、フレイが明日には熱が下がる事を祈りながら私はジョーンズさんの診察があるまで…彼女の掌を握り彼女が心地良く眠れるように、と度々タオルを変えたり目に見える範疇だけ、ではあるが汗を拭いたりと…出来る事をしながら朝を迎えたのだった


   * * *


 朝を迎え、彼女の熱は下がり…少しは安心出来た訳だが、まだまだ不安は残る。
彼女が次に目覚めた時、その瞳に私を映さなくなっていたら…と思うだけで震えが起こる。
もし彼女が何かを失ったとしても、私は彼女を愛し続ける事が出来る。けれど彼女はそうではないだろう…今までの事を思えば、彼女はよく見えもしない目で私から離れて行ってしまうのが想像に難しくない。

「フレイ…私を置いて行かないで下さいね…?」

彼女の掌で自らの頬を包むと温かくて柔らかい彼女の掌に細い指先。この彼女の手も、髪も頬も、爪の先まで全てが愛おしくて、彼女が居なくなってしまう恐怖が拭えない私はどうにも弱っていたのか、思いもしない雫を瞳から溢れさせてしまう

「あれ…何故…なんて私は弱いんでしょうね…」

涙を自ら拭おうとしている間に彼女の柔らかい指が私の頬をなぞり、ゆっくりと視線を私に合わせる。昨夜とは変わり彼女の視線はきちんと私の方を向いており、彼女もまた…寂しそうに微笑んでいた。

「アーサーさん、泣かないで…?私はここにいるよ。」

「泣いてなど…フレイが居てくれるのなら悲しくなんてないのです。貴女が居なくなってしまったらと思うと…ただ、怖かった。」

起きたばかりの彼女を苦しくない程度に、優しく抱きしめて彼女の頬へと軽くキスを落とす。

「明日には治すって言ったじゃないですか。私…アーサーさんとの約束、破った事ないですよ?」

彼女の小さな掌に何度も頭を撫でられながら私は彼女に縋りつくように何度も抱きしめキスをし、彼女の目覚めを喜んだ。貴女が居れば何も怖くなんてないんです。
貴女が居ない世界は考えたくもない…

元気になった彼女と手を合わせ会話をしているなか、咳払いと共にヴォルカノンさんが部屋へ来るのは数分後のお話。

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