本棚

□眠り姫
1ページ/1ページ


 ポカポカとした陽気に桃色の花弁が舞い散るようになって何日たっただろうか…
私がこの地に来てから、二度目の春が来た。
初めてこの地に訪れてからの一年はあっという間で、沢山の事を学んだ様に思う。
農作業も畜産も初めての経験であったし、川に素潜りするなんて前の町では考える事すらなかった事も経験することが出来た。最初は戸惑う事も多くてなかなか上手くいかない事も多くあったが、町の優しい人たちやお隣のおばあちゃんに教わったり美味しいご飯を食べたりしているうちに元気を貰い、沢山の仕事をこなしてきたつもりだ。
夏を過ぎた辺りからはもっとハイスピードに時が経っていった様に感じる程忙しく、充実した毎日であった訳だが、沢山の人と出会い…別れ、色々な行事や作業に黙殺されていった自分の感情。寂しくない訳ではないが、頑張る事で喜んでくれる…と今まで以上に仕事に精を出してきたつもりだ。

そして二度目の春…だからなのか、はたまた暖かい陽気がそうさせるのかは分からないが私はのんびりと町にあるベンチで休んでいた。
町のエディットを頼まれた時にも思ったが、やはり町と言うのは華やかで、居ると楽しくて…落ち着く様な。相反する感情もあるが温かな場所をイメージして作った、アンティークショップ横の住宅街ど真ん中!と言う様な所に噴水とベンチを置いたものだから、常にどこかに人気を感じる為一人きりではないと言う感覚もあり、気温が上がって温かくなってからは随分と長い時間、ここへ来ては噴水を眺めている。

「はぁ…春だなぁ…」

のほほんと噴水から噴き上がる水の流れを見ているだけで幸せを感じるなんて、とも思うけれどこの噴水を作るまでにやってきた日々を思うと思わず溜息を洩らしたくなると言うのも仕方ないと思う。作るだけならそこまで難しくはなかったが、私はこの場所にどうしても噴水を置きたくて貿易も出来るだけ頑張ったし、それに伴い陣取り合戦では色々な種を育てるのに興味が湧いてきたのもあって毎回どこかの地域をかけて戦ってたりしていた。ぼんやりと眺めながら今までの一年を思い出し、少しばかり喜びと寂しさが心を侵していくのが分かると私はポスっとベンチに横たわった。

「横になってるの見つかると心配されちゃうし、マルゴットさんとクラウスさんには怒られちゃうからなぁ…少しだけ、少しだけ…」

二日程前にマルゴットさんに見つかって、女性が外で横になるなど何を考えているのか!とガッツリ怒られて、昨日はクラウスさんに見つかって…女の子なのだから危機感を持てとか何とか怒られたばかりだ。
怒られた時の事を思い出しては二人の怒っている顔も思い出されて、それがまた凄い勢いだったものだからついつい笑みが零れる。
「ふふ…クラウスさんの怒った顔、怖かったなぁ」

いつの間にか怒られていた事よりもクラウスさんの事で頭が満たされていってしまうのが困ったもので。

「はぁ…勇気なんてある訳ないよ。」

ここ一年で色々な人と出会ってきた訳だが、一際私を心配してくれたり怒ってくれたりしたクラウスさん…イリスさんと二人で楽しそうにしてるのを見ると苦しく、だからと言って全く会えないのも寂しい。その気持ちに気がついてから自分の中でそれが恋愛感情を抱いているのだと理解し、納得が出来るようになったばかりだ。
納得が出来た、とは言えすぐに行動に移せたら誰も苦労なんてしない。私みたいに何のとりえもなくって、極めて可愛かったり美人だったりする訳でもなく。話が面白いとか可愛げがあるとか…何か一つでも好かれる様な事がないか、なんてグルグル考えて頭を使っているうちに、温かい日差しに見守られながら段々と思考がぼやけて夢の世界へとおちて行ってしまっていたのだった。



***


この町は変わった。人の出入りも増えたし、それに伴って店の売り上げも上がり客が増えた事で皆が忙しく毎日を充実させるようになり、人の表情も明るく変わって行った。
どれもこれも、たった一人の力では出来る事ではないがその先駆けを作った一人の少女の頑張りがここまで町の人に影響を与える事になるとはな、なんて思い出しては薄く笑みを浮かべると、貿易ステーションを後にする。
仕事の話は前よりも円滑に進む様になった、町の名前を言ってすぐに理解して貰えるようになったのが一番大きいな、なんて彼女の作った町の景観を眺めながら家へと向かう階段をゆっくりと上がる。
階段を登りきった先に見える噴水がとても美しく、毎日この光景を楽しみにしている自分が居る訳だが…昨日怒ったばかりの彼女が同じ所で眠っているであろう事が見え…一つ、溜息をついた。
うららかな春の陽気が心地良いのも分かる。自分の頑張りを見て楽しみたいのも分かる。
だからと言って外で…まして、前とは違い他の町からの旅行者や来訪者等も増えてきていて昔ほど安全だとは思えないのだから気をつけなさい、と言う事を昨日も事細かに言って聞かせたと言うのに。

「全く…ミノリは危機感が足らない、とずっと前にも言ったと思うんだがな。」

自分の言葉には気を付ける様に、だとか女性であるのだから少し…態度に気を付けないと勘違いをするような輩はいくらでも居る、と伝えた筈なんだが全く気にしていないんだか、それとものんびり過ぎて気にしている事を実行出来ていないんだか…
やれやれ、と思いつつも声をかけようかと彼女の寝るベンチの前へと行くと、昨日とは違い熟睡している…だけで済めば良かったのだが。俺の怒りを十二分に買う状態の彼女を見つけてしまった俺は、いつもとは違い…気持ちよさそうに眠る彼女を勢いよく抱きかかえ、少しでも安全な室内…と考え、近くの俺の家へと連れて帰った。
俺の家が彼女にとって安全か、は別として、少し…お仕置きをしなければ気が済まない状態であるし、今の彼女をあのまま外で寝かして置くわけにもいかないのだから仕方がない、と自分に言って聞かせる。


 ソファーへとゆっくり下ろしてやると少しして、ミノリが目を覚ました。
何故ここに連れられてきたのかまだ寝ぼけた頭では分かっていない様だが、対面に座る俺の表情が怖かったのか、はたまた記憶にある場所から移動している事に慌てているのか。
勢いよくソファーへと座りなおした。

「えと…あの…クラウスさん…?」

怒られるのを想定してなのかビクビクと話しかけてきたミノリに視線を合わせ、ゆっくりと立ち上がると彼女の横へと座り直す。スプリングがギシリと軋み彼女へ再び視線を合わせるように体勢を変える。
対面のソファーへ座っていた男が急に横へ来たのだから吃驚しているようだが、それも今は構わない。

「ミノリ…俺の言いたい事は分かるな?」
いつもより低めの声で彼女へ尋ねると小さくはい、と返事が返ってきたがこれだけでは今の怒りはそうそう収まる物でもなく。
俺はミノリを強く抱きしめ、顔が見れない様に自らの胸へと埋めるようにして彼女の耳元へ囁く。


「あんな所で寝て…足も、胸元も晒してどれだけの男に見られたんだろうなぁ…?ミノリ」


触れるか触れないか位の距離で背中をなぞってやれば、彼女はくぐもった声をあげ俺の胸元で首をふるふる、と横へ振るもののそれを見てもいつもの様に優しく出来ない自分がいて…つい、苛めたくなってしまう

「俺が連れて来ても気がつかなかったんだ…誰かに触れられていても寝ていただろう?あぁ…気がつかないんじゃ触られたのかも分からないな。誰かが君に触れていたかもしれないと考えるだけで…おかしくなりそうだ」

ぐい、と彼女の肩をつかみ少し距離をとると俺は彼女に口づけをした。
俺たちは付き合っている訳でもないし、ましてや婚姻関係にある訳でもないのに一時の怒りにまかせてこの様な事を大人である自分からしてしまう事に対して思う事はあったが、今の頭の中はミノリの事でいっぱいに埋め尽くされていて、今はもう、彼女しか見えない




彼女を心配していた、とか見ていてハラハラとさせられる、と言うのが始まりではあった筈なのに、どうしてなのだろう…ベンチで眠る彼女を見たら放っておけないとか、可愛らしいとか、危機感を感じないとか。確かにそう言う事も感じてはいたのだが。
彼女を誰かにとられてしまうのではないか、こんなにも儚く咲く小さな花。大の男を前にすれば簡単に踏みつぶされ花弁を散らすであろうか弱き乙女。

「んぅ……ぁ…っ……!」

彼女の可愛らしい舌を捕まえぬるりと絡ませるだけでビクリと肩を揺らし、小さな手で俺の服をきつく握るその姿を見るだけで…こんなにも心の奥が震え、熱が湧きあがってくる様な感覚に苛まれるとは。
どれだけ人を魅了し尽くせば彼女の蜜とも毒とも言えない成分は俺の中に溶けて行くのだろう。彼女の蜜も毒も全て、吸い出せたら良いのに。
他の男にこの様な甘い蜜を吸わせ毒を回す事を考えるだけで、どうしようもない程に嫉妬心にかられ…深く深く彼女の蜜を貪るように甘い舌をねっとりと絡ませ熱に溶かす様にとゆっくり…彼女の口内を味わう。

「んぁっ……ふっ……待っ……んんっ…」

息をするのすら億劫になる程に彼女に夢中になり…段々と力の抜けて行く彼女を支え、腰や足に触れれば柔らかく女性らしいラインが分かり、情欲が膨れ上がって行くのを自覚しながらも彼女の唇を奪い続ける。
ただ、この唇を離した時…彼女の口から発せられるであろう言葉が聞きたくなくて。きっと彼女に触れられるのは今日が最後なのだろうから、もう少し…もう少し…と、子供の様な我儘を続けているうちに、彼女は息苦しさからかほんの一瞬…意識を手放してしまう。


彼女との時間が終わった事を意味するかの様なその時、寂しくもあったが段々と冷静に働き始めた頭は混乱していて何故この様な事を…!と慌て、うっすらと瞳を開く彼女を見て、とっさに俺は彼女から離れ、床へ直接座り…彼女の顔を見る事が出来なかった。

「ミノリ…申し訳ない…!なんて事をしてしまったんだ…今すぐ警察なりギルドなりに電話をして逮捕して貰って構わない…本当に…なんて事を…!」

先程までの暴走が嘘かと思うほど今の頭はスッキリとしていて鮮明に思い出される行為が許されざる事である、と言う事がよく分かっている為…彼女の動向を待ち、それに従う他ない。何も自分の意志など関係なく、彼女の意志で全てが裁かれて良いこの状況に顔を上げるなんて出来るはずもなかった

「…クラウスさんの、ばか。」

小さく響くミノリの声がやけに震えている。こんなオジさんで大男に無理矢理唇を奪われたのだ。恐怖心や嫌悪感しかないだろう…彼女を泣かせてしまった…そう思うだけで苦しくて苦しくて。
ゆっくりと立ち上がったミノリは俺の目の前へ来ると止まり、顔を上げろと言う。
…まぁ、一発や二発殴りたくもなるこの状況。ゆっくりと顔を上げ彼女を見ると怒っている…と言うよりは拗ねた様な表情をしていて、ぷっくりと膨れた頬に上気した頬、そしてうっすらと光る涙の雫。

「クラウスさんはズルイです。私がどう考えているとかそう言うの関係ないんだもん。さっきだって……私が苦しいって思ってるのに一人で余裕そうで」

ゆっくりと目の前へ座ったミノリはじぃ、と俺の瞳を見ると言葉を続ける

「キス、しなれてるんだなって思うだけで妬ける。ずるいです。」

そう言って俺の頬へ軽くキスを落とすと地についた俺の手の甲の上へと見覚えのない光。

「その指輪を見て、よ〜く考えてみて下さいね、私の気持ち。」

言うだけ言って彼女は走り、部屋を出て行ってしまった。手の甲へと乗せられた指輪を見ると、ただの装飾品とは違い…この町の、交際を申し込む時に使うそれによく似ていて…
それを見て俺はどうするべきなのか…まず、ここを動いて良いものなのかどうかから悩む事になるとは。捕まるにしても違うにしても今日は彼女を追いかける事が叶わない事を思い、キラキラと光る指輪を眺め彼女の事を思う事しか出来なかった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ