今は昔、陸奥の国に
□刹那の虚弱
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───「市、天女様が長政様の治療をしているのを見て、色々なことを思ったわ。何も出来ない歯痒さ…やるせなさ……天女様の治療に対しての感動や…憧憬、希望。だからね、市、子供たちに教えながらも……医学を、学ぼうと思っているの…」
───「私も同じだ。もう戦場に立つことは無いだろうが…この世を乱す悪を滅するため、磨いたこの剣術を役立てたい。何も分からぬ我らによくしてくれた町の人々…命の恩人である貴殿や、服従を強いず、新しい人生をくれた独眼竜……私も、この奥州のために何か…!」
“夢”を語る二人は輝いていた。
何もかもを一度失って、そして手に掴んだ一握りのものは、極々ありふれたもの。
でもそれこそが、夫婦の望んだもの。
より良い“何か”を創るために学びたいという、守りたいという、その大志。
「(……………)」
二人と別れた後、レティーツィアは甘味処で団子を食べていた。勘さんの店だ。
相変わらず今日も元気な勘さんは、豪快に笑いながら仕事をしている。
「お嬢さん、相席してもよろしいですか?」
ボーッとしていたレティーツィアの視界に、ふと影がさす。
それと同時にかけられた声。
全てを察したレティーツィアは、にこやかに笑って「どうぞ」と答える。
「今日は暑くなりそうですね」
「そうですね。私の勘では未の刻より雨が降るでしょうねぇ」
「あら、そんなことが分かるんですか?」
何てことない会話の中で、二人は常人には気づかれないように情報をやり取りしていた。
相席の彼…変装した蔵人は、レティーツィアがどれだけ目立つのか、よく理解していた。
「(私をつける者がいる…? 気がつかなかった…)」
蔵人曰く、その者は浅井夫婦を訪れた時からレティーツィアをつけているのだとか。
今も視界に入らない所で見ているらしい。先の戦を知った所からの偵察だろうか。
「(いかがなさいますか…?)」
撒くか、この場で倒していくか、捕まえて尋問か。
答えはすぐに出た。
「私とこの後、“お散歩”に行きませんか?」
「、そうですね。食後の“運動”にはぴったりでしょうし。何よりこんな美しいお嬢さんとなら喜んで」
ひきつりそうな口端を湯飲みで何とか隠す彼に、吹き出しそうになりながら、レティーツィアは残りの団子を口に運んだ。
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