今は昔、陸奥の国に

□刹那の虚弱
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「……で?連れてきたと」


『えぇ。あなたに判断を仰ごうと思って』



何てことないように言ったレティーツィアに、政宗は頭を抱え、小十郎はひきつる米神を指で揉んだ。


上座に座る政宗と対するように、柴田勝家と名乗る青年は無表情でただ座っていた。



「(どうしたものか…)」



彼を連れてきた張本人は、小十郎の隣で朗らかに笑っている。



現在全面抗争になっている織田の家臣。それをここに連れてくることがどんな意味か、分かっているのだろうか。否、分かっているのだろう。下手したらレティーツィアが密通を疑われると分かった上で招き入れたのだ。


少し前に報告に来た蔵人の、疲れ果てた様子を思い出した。大方、レティーツィアに振り回されたのだろう。頭は良いくせに、こうも突拍子もないことをするのだから、よく分からない女だ。



今はそんなことを考えている場合ではないと思い直し、改めて政宗は目の前の男と対峙した。




「で?柴田って言ったか?テメェは何の目的で奥州に来た?」



ギロリ、と男を殺気付きで睨み付ける。レティーツィアに呆れていた先程までの様子は微塵もない。


縄張りを傷付ける者には容赦しない…奥州の龍がそこにいた。



しかし勝家は眉一つ動かさず、少し頭を下げ、両手をつき、話す姿勢になる。


「(慣れてんのか)」


確かにあの織田信長に仕えているのなら、年中威圧を受けるだろう。




「本日私がここに来たのは、あの御方……お市様を、拝見するため」


感情がこもっているとはお世辞にも言えない冷たい声。淡々と言葉を発する姿は、彼の肌の色が白いのもあって、人形のようだ。



「魔王の妹…?Why?テメェの独断か」



政宗は視界の端で、己の腹心が緊張したのを捉えた。当たり前だ。偵察の可能性は未だ高い。



「是。信長様には私の動きなど筒抜けでしょうが、こうして動けています。…それが“私”ですから」


『……!』



レティーツィアは、勝家のルフが暗く揺らめくのを見た。間違いない。この人は黒ルフ≠フ持ち主だ。まだ手遅れの域ではないが……政宗との対話の中で、何が地雷となるか分からないのだ。これは気を抜けない。



レティーツィアは勝家と政宗の動向を見逃さないよう、しっかりと前を向き直した。




(張り詰める緊張)


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