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□酒宴
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 たまに行く居酒屋の暖簾をくぐり顔を覗かせると、護廷十三隊随一の美女・松本乱菊が一人で飲んでいる姿が、一角の目に飛び込んで来た。


 (珍しい事もあるもんだ。松本が一人で飲むなんざ…)


 一角が知る乱菊はいつも誰かと飲みに行き、大輪の花を思わせるような笑顔で周囲を明るくする。

しかし今夜の乱菊は、一人で酒を飲みながら、何処か寂しげにしていた。


 (…そりゃそうか…。あいつも堪えてるんだろうな…)


 藍染、市丸、東仙が謀反を興してから二ヶ月あまり。

最初の一ヶ月は抜けた三人の穴を埋めるべく、どの隊も忙しかった。

それも落ち着いてきた近頃、埋めようのない空虚さが襲いかかってきたのかもしれない。

 
 謀反をおかした市丸ギンは、乱菊の同期であり幼馴染なのだ。


 「何、シケた面してんだぁ?」

 一角は乱菊の目の前の席に座ると、店員に日本酒を頼んだ。

乱菊は驚いたように目を見開くと、またいつもの笑顔を浮かべる。

 「あたしだって物思いに耽る事もあるのよ。あんたこそ珍しいじゃない?弓親はどうしたのよ」

 「俺だって一人になりてぇ〜時もあるんだよ」


 店員が日本酒を持って来ると、二人はカチンとお猪口をあわせ、乾杯をした。


 クイッと一口。

疲れた身体に染み渡る。


 
 「まぁよ。俺でいいんなら、いつでも話聞くぞ?」


 「なぁに〜?あたし、そんなに落ち込んでるように見えるわけ〜?」

 ケラケラと笑ってはいるが、気を緩めると涙が溢れそうだった。


ギンが残した手の温もりが、自分に向けられた背中が、去り際の別れの言葉が…乱菊の頭からひと時も離れてはくれない。

 それに、何なのだ。あの謝罪は。

何時だって、乱菊の元から去って行く時は、謝罪はおろか言葉を残す事はなかったのに。


それ故に何時もの癖では無い事が乱菊には分かっていた。


フラッと何処かへ行っては、また笑顔を浮かべながら帰ってくるギン。


今回は違うのだと。


 「本当にあたしは、置いて行かれた…」


 ポツリと吐き出された言葉に、やはり、市丸の事かと一角は思った。


 わりと入隊時期が近かった一角と乱菊は、普段から仲はいい。

その頃からギンと幼馴染だと知ってはいた。

ギンが隊長に昇進するまでは、それなりに乱菊との交流もあったはずだ。

乱菊といる時のギンは、何時ものうすら寒い笑顔ではなく、穏やかに笑っていたのだ。
 

 それが隊長に昇進したくらいから、乱菊を遠ざけていたように思う。


 (なるほどな…。こうなる事が、分かっていたからか)


 
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