企画
□九月十日
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何もない部屋を見渡し、少しばかりの溜息をもらす。
別に後悔している訳ではない。
藍染と共に、ここ虚圏に来た事を。
自分の願いの為、大切なものを守る為なのだから、後悔するはずもない。
ただ、いつもより感情的になってしまうのは、今日が自分の誕生日だからだろうか。
毎年プレゼントを届けてくれた何よりも大切な幼馴染は、ここにはいない。
照れているのを隠そうと、少し不機嫌な面持ちでプレゼントを手渡す彼女は、ここにはいない…。
「君は今年も、僕の為にプレゼント用意してくれてるんやろか…」
届くはずのない声は、それでも乱菊を求めて彷徨う。
乱菊とその名を呟けば、少し心が軽くなった気がした。
「誕生日くらい、君の名前をよばせてぇや…乱菊…」
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月明かりを肴に、乱菊はこの日の為に用意していた上等な酒を一人で飲んでいた。
ギンの誕生日を一緒に祝おうと、ギンが行ってしまうよりも前から手に入れていた。
本来ならば、ギンと一緒に味わうはずであった酒だが、少し苦く感じた。
元より決して甘い酒ではないが、それでも苦味を感じるのは酒自体の味のせいではないだろう。
今は敵となってしまった大切な幼馴染みを想って、乱菊はどんどん酒を飲み干していった。
「…馬鹿ギン…」
虚圏へと旅立つ彼が一瞬見せた、あの寂しそうな笑みが忘れられない。
さよならもごめんも、乱菊は望んでいなかった。
何故こんな事になったのか…。
料理も裁縫もあまり得意ではない乱菊が、もう一つ用意していたのはマフラー。
初めて手編みした。
寒い日でも温かく感じてもらえるようにと。
自分がいつでも、傍にいると感じてもらえるようにと。
冬までまだ時間はあるものの、早く渡して喜ぶ顔が見たかった。
渡せなかった、届ける事ができなかった乱菊の想い…。
「…帰って来てよ…」
想いは一粒の涙となって、乱菊の頬を伝って落ちた。
そして、直接言いたかった言葉を呟く。
「おめでとう…ギン」
END