企画

□二月十四日
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現世でのとある習慣が、瀞霊廷で浸透し始めたのは、かれこれもう二十年程前になる。

現世で二月十四日はバレンタインデーと言って、女性が好きな男性にチョコレートを渡す日らしい。

精霊廷内でもそれが習慣になり、年に一度のこの日は、朝から男女共にソワソワするのが常であった。

人一倍イベント事が好きな十番隊副隊長・松本乱菊は、この日の為に腕をふるう。
料理の腕はいまいちだが、菓子作りには定評のある彼女は、それこそ日頃お世話になっている仲間たちに手作りチョコを振る舞うのだ。

今年のバレンタインはガトーショコラを作ると前から決めていたので、現世での任務の時に材料は大量に購入していた。

バレンタインの前夜、乱菊の元には五番隊副隊長の雛森桃、八番隊副隊長の伊勢七緒。それから十三番隊の朽木ルキアが、それぞれ作りたい物のレシピを持って訪れていた。

乱菊と雛森以外は、あまり菓子作りも得意ではない。
だが、大切な人にチョコを渡したいという気持ちは強くあるので、毎年乱菊の指導のもと、作っているのである。

「雛森のチョコクッキー、美味しそうねぇ〜。毎年藍染隊長喜ぶんじゃない?」
焼き上がったクッキーを冷ましている雛森に、乱菊が声をかけた。
元々器用な雛森は、乱菊の教えがなくても上手に作れる。
今年は渡したい人達の顔を模したクッキーで、彼女が尊敬してやまない藍染のクッキーは、他の物よりも明らかに大きかった。

「乱菊さんの味には敵いません。でも、藍染隊長は、いつも喜んで下さいます」
顔を赤らめ恥ずかしそうに答える雛森は、端から見ても微笑ましい。
隊長格ともなれば、貰う数も凄まじい。
その中でも藍染と十番隊隊長・日番谷の人気は凄まじく、毎年隊首室が埋まるほどのチョコが届くのだ。

「なーに謙遜してるのよ。あんたのお菓子は一級品よ。あたしが言うんだから間違いないわ。素敵じゃない、憧れの人が食べてくれるなんて。それだけでも幸せよね」

隊長格全員に配れるよう焼いたガトーショコラを一つ一つ丁寧に切り分け、現世で買ってきていた可愛らしい箱に入れていく。そして綺麗に包装していくその乱菊の滑らかな手付きに、雛森も七緒もルキアも釘付けになっていた。

「気持ちを込めて作った物を、大切な人が食べてくれるってさぁ、実は凄い事なんじゃないかと思うのよ、あたし」
だからこそ、大切に作りたいのよね、と鼻唄混じりにラッピングを施していく乱菊は、実に楽しそうだ。

「乱菊さんも大切な人がいるんですね」
雛森が何気なく言った一言に、乱菊の手が一瞬止まった。
「…そうね…。あんたも七緒も朽木も、あたしにとってとても大切な人達だわ。さっ、あんた達もラッピング済ませるわよ〜!」
時刻が夜中の一時を回っていることに気付いた三人は、慌てて自分の作った物を包装していった。乱菊の様子に気づく事はなかったようで、ホッと胸を撫で下ろした乱菊の脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。
それは遠い昔、共に暮らした幼馴染み。今は誰よりも遠くに感じてしまう、大切な大切な人…

七緒はチョコプリン。ルキアはトリュフ(石のような形だが、味はいい!と思う)。
ラッピングしたそれらを各々満足げに袋に仕舞うと、それぞれの隊舎へと帰っていった。


三人を見送った後、部屋のソファーに腰掛けた乱菊は、一つの包みを取り出した。

それはギンへの…今は三番隊隊長となり、疎遠になってしまった幼馴染みへの、特別な包みだった。
ガトーショコラは一緒。ただ、中に筆を一本入れている。
大規模な市で見つけた、なかなか品のよい物で、一目惚れだった。
水色や青で装飾されており、彼の瞳の色と重なった為だ。

これを渡すか、それとも皆と同じガトーショコラだけを渡すか、未だに決めあぐねている。

「ねぇ、ギン…。あんた、あたしをどう思ってるの…?」
その声には深い悲しみが込められている。
もう何年、いや何十年、ギンと会話をしていないだろう。
したとしても業務的な会話。その事実が、痛かった。

(…あんたはもう、あたしの名前すら呼んではくれないのね…)


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