企画

□二〇一四年 九月十日
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@ 乱菊


たぶん、ボクだけやと思う。
乱菊の事、呼び捨てに出来るんは。

あぁ、ボクの他にもう一人おったっけ。
かつての十番隊長さん。
黒崎君のお父さんやな。
せやけど、あの人がおらんようになってからは、ボクだけや。

それがボクの、密かな自慢。
誰もが憧れてやまない乱菊の、唯一無二の存在という証。


乱菊ーーー

あぁ、何て綺麗な響きやろか。

名は体を表す言うらしいけど、ここまでピッタリな名を持つもんを、ボクは乱菊以外知らん。

綺麗で、可愛らしゅうて、美しいもんを、彼女以外に知らん。


願わくば、これから先もボクだけでありますように。

彼女の事を、『乱菊』と呼べる存在が、

ボクだけでありますようにーーー




A いつか世界が終わったとしても


彼にとっての世界とは、幼い頃に出逢った少女だった。

あらゆる犯罪に手を染め、生きる為に他人を殺した少年が抱え込んだ小さな花。

血に濡れた自分の手が、何かを守るようになるとは彼ですら想像していなかった。

彼にとって人を抱え込む事は、何と違和感があった事だろう。
生きる為にその他を略取してきた人生の中で、少女の存在がどれ程彼を変えただろう。

もしこの世が滅んだとしても、それは彼にとって世界の終わりではない。

市丸ギンの世界は、松本乱菊そのものだから。

乱菊の死。それこそが、世界の終わりなのだから。


B 世界の始まり

気付けば殺伐とした流魂街で生きとった。
現代の歳で言うたら、せやね、十にも満たんくらいのガキん頃。

生きる為ならなんでもした。
食べ物盗んだり、人殺したり、数えきれんくらいに悪い事した。

流魂街の住民は腹空かんのに、ボクは霊力があるから腹が空く。
この力さえ無ければ、こんなに苦しい思いせんでも良かったのに。
何度そう思って、天を睨み付けたことやろ。

せやけど、やっぱり霊力があったお陰で乱菊に会えた。
そう考えたら、ボクは力があって良かったとも思う。


あの日、人生が変わるほどの恋をした。

初めて人を愛しいと、そんな心がまだ残っている事に、気付かせてくれる華に出逢った。


それは世界の始まり。

ボクの世界が、動き始めた瞬間やった。


C 風光る


ボクは暑さに弱い。

長い冬が終わり、ポカポカ陽気でご満悦やったんも束の間…だんだん陽射しが強なってきた。
これからボクの一年で一番苦手な季節がやってくる。

夏と言えば、あの子とよう川で涼んだなと、ふと思い出す。

ボクと乱菊が住んでたあばら屋は、冬は寒くて夏は暑い、ほんまどうしようもない小屋で。
暑さに項垂れる乱菊連れて、少しでも涼もうと川に行ったもんや。

水掛け合いっこして、はしゃいで、ずぶ濡れなって、笑って、笑って。
乱菊の眩しい笑顔がいつもそこにあった。

せやけど、それは遠い遠い過去の思い出。
乱菊のキラキラ光るあの笑顔が、ボクに向けられる事は、もうない。


それでええと思ってる。

多少、胸の痛みはあるけど。

あの乱菊の笑顔をこの先も守れるなら、
ボクはどんだけ孤独でもええ。

キラキラ光る。

その笑顔がたとえボクに向けられへんくても…

ボクはこの歩みを止めたりはせぇへん。



D 一緒に歩こう


「ねぇ、ギン、待って」

後ろから疲れきった声がかかる。
冬になると食料を確保するんが難しいから、今の内に溜めとこうて山に入ったんが朝早く。
それから色々歩き回ってたら、もう日が暮れる前やった。
とりあえず今日集めた食べ物を持って、ボクと乱菊は山を下り始めた。

そらあんだけ動き回ったんや、乱菊かて
疲れたやろ。
ボクは立ち止まって、その場にしゃがんだ。

「どないした?おんぶしよか?乱菊」
「違うわ。もう少しゆっくり歩いてよ、ギン」
「あぁ、はよ帰らなって焦ってたわ。ごめんな、気ぃ遣んくて」
「それも違う。あたしが言いたい事は、つまり…」

乱菊がボクの隣に立った。

「並んで歩きましょ。一緒に」

乱菊の顔には疲れが滲んでる。
それでも笑う乱菊に、猛烈な愛しさを感じた。

「うん、せやね。一緒に…」

ボク達はまた、歩き出す。
乱菊はと言うと、何やニコニコしながら鼻唄まで歌っとる。
何でそんなに上機嫌なん?って聞いたら、『何でもないわ』とまた笑った。

両手いっぱいに荷物抱えてなかったら、手でも繋いだのに…
少し残念に思ったんは、内緒の話や。



一緒に歩こう。
並んで歩こう。

二人で帰ろう、ボク達の家へーーー



E ここまでの道のり

ここは嫌や。
こないな暗いとこ、勘弁して欲しいわ。

やって、ここには光がない。
ボクを照らしてくれる、光がない。

何でこんなとこに、ボクは居るんやろか?
何でここに、乱菊は居らへんの?


ああ、せやったね。
ボクが選んだ道やった。
大切な人の大事なもん取り返す為に、ボクが自分で選んだ道やった。

あの憎い男の笑みがふつふつと頭に浮かんでくる。
せや、弱気になっとる場合やない。

もう少しや。
もう少しで全てが終わる。

その先に何が待ってるかなんて、今のボクには分からへん。

でも、きっとボクの女神が照らしてくれる道があるやろう。

それを願って、ボクは今日も闇に生きる。


F 嘘つきなボクをどうか許して

『ねぇ、ギン。ここにいる?』
『うん、ちゃんとここにおるよ』

『ギン、ずっとあたしの手、握っててくれる?』
『当たり前やん。ボクはずっと乱菊の手ぇ離さへんよ』

『もう二度と、あたしを置いて行かないで…』
『乱菊を一人にはせぇへん。約束する』


どれだけ君に嘘ついてきたやろ。

そのどれもが果たされへん約束て乱菊も分かってたはずやのに、

それでも何度もボクに言う君に、

心の底から、


『ごめんな』
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