マギ1
□sleep so deep
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マスルール様がバルバッドから帰ってきて早くも一週間。私には前と同じくマスルール様を起こす日課が戻ってきた。
マスルール様によく似たかわいらしいピンク色の髪のモルジアナちゃん。彼女が来てからマスルール様はモルジアナちゃんに稽古をつけている…らしい。やはり兄妹なのかとなんとなしにジャーファル様に聞いてみたけれど、残念ながら違うそうだ。
2人は来る日も来る日もけっこうな時間森に消え、そしてマスルール様はともかくモルジアナちゃんがたいていボロボロになって帰ってくる。心配してジャーファル様に聞いてみたけれど、別に心配することはない、と言い切られてしまった。
……何を言いたいかと言うと、モルジアナちゃんに稽古をつけるようになってからマスルール様の眠りが心持ち深い気がするのだ。そんなに疲れてるようには見えないけれど、軽く動くと寝つきがよくなるタイプなんだろう。ぐっすり眠れるのは健康の証だから、悪いことでもないし。
ただ…
なかなか起きていただけないんです。
今日も今日とていい天気のシンドリア、朝日が昇りきる前にまたマスルール様を探しだす。今日は屋根の上だった。
比較的上りやすいところから屋根に乗り、一応屋内で寝ている人の睡眠を妨げないように忍び足でマスルール様に駆け寄った。
『マスルール様、おはようございます』
「……」
仰向けに気持ちよさそうに寝ているマスルール様にまずはあいさつ。一回目で返事が返ってくることはまずない。
肩辺りをゆさゆさと揺らしてみるも、あまり反応はない。
『起きてください』
「……」
『マスルール様』
「ん……」
『!』
瞼が痙攣してうっすらと赤い瞳が見える。そのまま目を開けてくれたら、今日は余裕で朝議に間に合うだろう。
「……」
『……』
「……」
『……はぁ』
けっきょく瞼はまた閉じられてしまった。
『マスルール様』
「……」
ゆさゆさ
『朝です』
「……」
ゆさゆさ
薄暗かった周りが色を持ち始める。だんだん屋内からも音がし始めた。こんなに起きていただけないのも初めてで、私は焦り始めた。
『朝議に遅れます』
「……」
『マスルール様』
「……」
『……』
ゆさゆさ
「……」
『……』
「……」
ぺしっ
筋肉で固そうな腕叩いてみるも、反応は乏しい。
耳元にしゃがみこんで大きく息を吸った。
『マスルール様!もう朝ですっ!!』
「!」
ようやくマスルール様は私が声を吹き込んだ方の耳を押さえつつ、体を起こしてくださいました。むっすーと不機嫌そうな顔で。
やはり怒鳴るのは気に入らないようです。
『おはようございます』
「…ッス」
マスルール様からあきらかにトゲトゲした視線を感じつつも、私はにっこりと笑って二回目のあいさつをした。
きっとマスルール様を起こすようになる前なら、こんな風に睨まれると私は恐怖しか抱かなかっただろう。野生の肉食獣よりも強い眼差しはあまり体験する機会はない。
しかし、私にはそれがどこか拗ねた子どもの仕草のようにさえ見えて、不思議な情愛を感じている。
『朝議まであと少しです』
未だ納得いかなさそうなマスルール様にそう告げると、存外素直に彼は屋根から飛び降りた。そのまま振り返ることのない背中は少し寂しいものもあるけれど、だからといってマスルール様への情愛は減ることもなく確実に私の中に存在する。
明日はどうやって起こしてさしあげましょうか。