マギ1
□4.好きって言うまで放さねぇ
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そして翌日、類にも漏れず素晴らしい天気のシンドリア。
昨日と打って変わってこんどは私が不機嫌に港に立っていた。
「お前が見送りに来るとはなァ…」
『じゃんけんで負けただけだし!』
わざわざ目の前に来てニヤニヤ笑うシャルルカンを思わず殴りたくなった。
昨晩食客から代表で数人見送りに行くことになり、私は運悪くそれに負けてしまったのである。
無念。
『あんたは私が来るよりかわいい子の方がいいでしょ』
ふんっ、とそっぽを向いて言うとシャルルカンが声をあげて笑った。
「誰もそんなこと言ってねーよ」
『おわっ!』
次の瞬間、さっきの笑いはなんだったのか急に真面目な声がして、グイッと引き寄せられた。抗う間もなくシャルルカンの腕の中。
目の前に浮き出た鎖骨があって一瞬で心拍と体温が上がった。
けれど、周りからキャーとか黄色い声が上がって一気にそれも冷めた。その黄色い声に妙にげんなりする。
早く離れたかったけど、押し退けたりしたらそれはそれでめんどくさいことになりそうなので大人しくそのままでいる。
「好きな奴が来てくれたら、うれしいだろ」
『あっそ…』
「つれねーなぁ」
耳元で嬉しそうに囁かれたいつもなら顔を赤くするようなことでさえも、今は全然響かない。またくっくっと愉快そうに笑う姿さえも苛立って、つい棘が出た。
『…ねぇ、放してくれる?』
明らかに滲ませた辛辣なものにシャルルカンが気づかない訳もないのに、彼が私から離れることはなくそれどころか私の体が少し浮くぐらいの勢いでさらに抱きついてきた。
肌に食い込む金鎖が痛い。
『シャルルカン!』
「好きって言うまで放さねぇ」
また、めんどうなことを!
ぐいぐいと首筋に押し付けられる鼻先を必死にはがそうとしていると、ちょうど良いところにスパルトスさんがシャルルカンを呼んでくれた。
『呼ばれてる』
だから早く行け!と言外に滲ませてもシャルルカンは全く気にもせず私を抱きしめ、首に鼻先を埋めたままだった。
「あ?ナマエが言うまで行かねー」
おーい、ほっていくぞー!と、見かねたシンドバッド王がこちらに歩いてくるのが見えた。
それでもシャルルカンは放れない。
『……』
「……」
シンドバッド王がどんどんこちらに近づいてくる。それにあわせて自分たちにさらに視線が集まり始めていることにも気づいて危機感を感じた。シャルルカンに好きと言うか、港中の視線を集めるか…。
『…Ti amo』
「てぃ...?」
短時間に悩んだ末、耳元でそっと囁いたシャルルカンの知らない言葉。囁いたときに腕の力がゆるまって私はそこから脱兎のごとく抜け出した。
今ほど言語学を学んでいて良かったと思うことはない。
『ほら、早く行って!』
「ナマエ!」
囁いたのは私が専攻している古い言語。音楽を愛した古い国の言葉。
異論を無視して、ドンと背中を強く押すとシャルルカンはしぶしぶシンドバッド王たちの待つ船に向かいだす。
私もホッと一息ついて逆側に歩き出した。
「帰ってきたら絶対言わせてやる」
そんな呟きが海風に乗って聞こえた気がした。
…誰が言ってやるもんか。