演題祓詞4

□7.上手なキスの仕方を教えて
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上手なキスの仕方を教えて


「って頼まれたのよね」

 乱菊にそう言われて、ギンは絶句した。彼女にキスを強請ったのが、うら若い女性死神だったからでもあるが、何より実践で教えてやったのだと前置きされたからである。

「女の子の唇があんなに柔らかいと思わなかったわ」

 しみじみ呟いて酒に濡れた自分の唇をなぞる乱菊に、ギンは掛ける言葉を見付けられずにいた。手にした盃を意味もなく持ち上げては下ろしてを何度も繰り返し、熱かった燗が人肌まで冷めたころ、乾いた喉を潤して一言だけ紡ぎだした。

「……で?」

「『で?』って訊かれても困るんだけど、そうねえ」

 ふふ、と思わせ振りに笑い、乱菊は手酌で満たした盃を干した。

「自分が仕掛けたキスで腰が砕けちゃうのを見るのって楽しいのね。はじめて知ったわ」

 いつも仕掛けられてばかりだから、と眇めた視界の端でギンの盃が滑り落ちる。乱菊も本人も慌てて手を伸ばしたが、間に合わなかった。机上を濡らして転がる盃が、ギンの動揺を物語っていた。

「その子、ちょっと唇が薄い子だったのよね」

 誰かさんと一緒で、知らなければ情が薄そうに見える損な質だと揺らぐ水面に視線を落としながら呟く。実は情に篤い男の口許がわなわなと震え、酷薄な笑みは影も形もない。

「ま、あたしは噂のおかげで誰かさんに悪い虫がつかなくて安心だけど。意外にモテるって知らないから、その『誰かさん』」

 隊長という肩書に惹かれるだけなら未だしも、接する機会が増えれば増えるだけ彼の人柄に惹かれる数が増えて心穏やかではいられない。

「そういう十番副隊長さんも、いろいろ噂があるみたいやけど?」

 キスから話題が転じて余裕を取り戻したギンが切り返す。

「そうみたいね。でも、幸か不幸か、その中に本命がいたことないのよね」

 知られたところで彼の前に泣き伏せるか玉砕するしかないのだが、と首を竦めて悪戯っぽく微笑む乱菊の盃に徳利を傾け、ギンは自分の盃の縁を合わせた。

「バレたら困る筋なんやな?」

「そ。淡泊そうに見えて、結構ヤキモチ妬きなのよ」

「そら大変や」

「でしょう?」

 うかうか女の子の恋愛相談にも乗れやしないと苦く笑った視線の先で、普段は伏せ気味の目を見開いて酒に噎せる男の様子に、初めてのデートでキスを迫られた時にも慌てずに済む心構えが欲しいと乞われただけだと教えるのは、このネタであと少し楽しんでからにしようと乱菊は盃を干した。


2014.9.28

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