演題祓詞4

□2.男のロマンについて研究しているだけです
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 久しぶりに部屋呑みしようと誘ったギンに、乱菊は自分が持っていくから酒も肴も用意しなくていいと答えた。『その代わり、買っておいてほしいものがあるの』と提示したのは、一冊の雑誌。

「すんません、エロエロボーイいうんの再録本ありますか?……て訊くん、けっこう勇気いったんやで?」

 二人の間に置かれているのは、エロエロボーイ・愛蔵復刻版。かなり分厚い。

「訊いたの? 本屋さんで? マジ?」

「どないな本か知らんもん。訊かなわからへんやん」

 タイトルがタイトルだけにエロ要素だらけの内容だと察しはついても、どんなものか一度も見たことのないギンには探しようがない。表紙はデフォルメされたイラストの可能性があったし、もしかしたらモダンでシックなデザインかもしれなかったのだ。

「どんな顔で?」

「こないな顔」

「いつもと変わんないじゃない」

 立ち読みでもないのに袋綴じを丸めて中を覗き込みながら、つまらないと唇を尖らせている。どんな買い方なら納得したのだと、少し乱暴に杯を目の前に置くと、ようやく乱菊は雑誌を脇に退けた。

「あの市丸ギンが照れながらエロ本を買っていた!! ってスクープ期待してたのに」

「ボクが? それとも『照れながら』ってとこ? まさかエロ本やないよな?」

 エロ本を買ったのは事実だから、それは否定しない。噂になったとしても『三番隊隊長の友達は、エロ本と右手らしい』くらいのものだろう。信じられるとかなり切ないが、噂はあくまでも噂。いつかは消える。

「ちゅうか、なんで自分で買いに行かんかったん?」

「どんな顔して、女の子がドストライクなエロ本を買えばいいのよ?」

「そもそも欲しがる方がどうかしとると思うで」

 松本乱菊・十番隊副隊長といえば、誰もが認めるグラマラス美女。その彼女がガチで男性向けのエロ本を購入したとなれば、それこそ興味本位で憶測だらけの噂が瀞霊廷中を駆け巡るだろう。

 そう。乱菊が、この雑誌を指定した意味を、ギンは知りたかった。

「男の人にとってセクシャルな魅力のある女についての傾向と対策? まぁつまり、」

男のロマンについて研究しているだけです

 誰かさんは訊いても答えてくれないから。乱菊は上目遣いでギンを睨む。その視線がすでに悩殺レベルだと、本人だけが気付いていない。

 ただ、ギンには幼い頃から培ってきた耐性がある。言うなれば、完熟の理性。

「今更そんなもん要らんやろ?」

 まあね、と乱菊は肩を竦めた。

「ほんとはね、ゲイ誌が欲しかったの。男の人の『チョー気持ちいい』ツボを知りたかったから。でも、そっちは現世に行かなきゃ手に入らないのよ」

「……ゲイシ?」

「ゲイっていえば男性同性愛者しかないじゃない。そっち向けの専門誌。ギンが『もう勘弁して』って言うくらい啼かせるのが、あたしの夢なの」

 胡坐をかいているのに、ギンは眩暈に襲われた。シレっと言い切った乱菊が、次第に輪郭を失っていく。

――月日の流れっちゅうんは、残酷なもんやなぁ……

 ギン自慢の乱菊を傷つけないための鉄壁の理性は、彼女の型に囚われない自由奔放さの前に、脆くも崩れ落ちた。薄れゆく意識の片隅で、ギンは今から何を鍛えればいいのか、必死に考えていた。


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2019.5.15

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