演題祓詞4
□3.貴方が捨てた物の再利用、つまりエコなんです
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三番隊から届いた手のひらサイズの箱を持って、乱菊は意気揚々と自室へ帰った。いつもありがと、と小さく呟いて開けた箱の中身は大きさがバラバラの木片。
「変態の汚名、着せちゃってホントごめんね」
いつも近くに控えている吉良に、乱菊はギンの使った割り箸や爪楊枝、夏の間はアイスキャンディーの棒を取り置いてくれと頼んだ。
二日置き、なんなら毎日受け取りに行っても構わないから、と拝み倒した乱菊に、そんな手間じゃないですからと苦笑いして、吉良は一ヶ月分を洗って取っておくと約束してくれた。
そんな律儀な同僚が上司に変態扱いされるようになって数カ月。
「そろそろ完成ね」
木製フギュア、市丸ギン(未彩色)。
細かい作業が苦手な自分の渾身の逸品。ただし色を着ける予定はない。乱菊自身がギンの使ったものをリサイクルしてギンをイメージして作った、という事実が大切なのだ。
「さて、と。今回もアイスバーが多いみたいだから……」
木枠と木工用ボンドを机に置いて、届いたばかりの小箱を膝に抱えた。慣れた手つきで、まずバーのサイズを揃えるところから始める。
「最近お気に入りのアイス変えたのね。バーが短くなってるわ」
一時期はカップアイスに凝っていたらしく、スプーン代わりの木の板が入っていたこともあった。ささくれだった爪楊枝が多いときは歯に詰まって取れにくいものを食べたのだろうとか、綺麗に割れていない割り箸が多いと機嫌がよくなかったらしいとか、そばにいなくてもギンがどんな様子なのか見えるようで、この数カ月は本当に楽しかった。
サイズの大きなものから順に、何枚か並べて木枠に置いてボンドを垂らし、その上から並べてボンドを塗る。今日届けられた分を重ね終えると、乱菊は部屋の隅から違う木枠を引き寄せた。
「一昨日のが乾いたはずだから……」
「こらまた細かいもんを、ご苦労さんやねぇ」
「ギンっ!?」
いつの間にかドアの横に凭れていた長身が、呆れに肩を竦めながら近付いてきた。
「何これ、ボク?」
「なんでわかったの!?」
胴体部分は完成している。あとは細かく割いた爪楊枝を頭部に貼って、両袖を彫刻刀で形作って付ければ終わり。うっかり落として壊したくなかったので、高い場所に置いていたのが仇になった。
ギンは指先で摘まんだ頭部を、乱菊の方に向けた。
「顔のとこの落描き。キツネやんな、これ?」
――しまったー!!
のっぺらぼうと向かい合っていてもつまらないから顔に落描きしたのを、すっかり忘れていた。ダブルのキツネが乱菊を見下ろす。
「えーっと、これはね……
貴方が捨てた物の再利用、つまりエコなんです」
「エゴ?」
「エコ! あー、でも吉良に変態疑惑おっかぶせて自分は木工細工してるんだから、ある意味エゴかも」
ギンは乱菊作キツネ人形を、あらゆる角度から観察してみた。すぐ細かい作業に嫌気がさす乱菊にしては、しっかり人の形を作れている。この集中力の何分の一でもいいから書類仕事に回せばいいものを、そういう器用さは持ち合わせていないらしい。
「確かにエゴやな」
「……どこで納得したのか、なんとなくわかるから、怒るに怒れないじゃない」
「まぁ、でも」
ギンは木箱から彫刻刀を一本、手に取ってクルッと回した。刃を当てて形を整えては人形の角度を変えている。
「この件に関してはイヅルは犯人やなかったっちゅうことやな」
「この件は、って? 真面目そうなのに何かやらかしたの?」
木屑を吹いて落とし、ギンは乱菊に微修正の済んだキツネ人形を手渡した。落描きしてあった顔も、きちんと彫られている。誰が見ても市丸ギン人形だと気付く出来栄え。
「誰かさんが割り箸リサイクル始めて触発されたんやろ。くすねたボクの手拭いでキツネのヌイグルミ縫うて、」
その中にギンの髪の毛を仕込んで、肌身離さず持ち歩いていたのだという。今年の護廷ドン引きランキング優勝候補だと茶化しているが、そんな困ったちゃんでもクビを切るつもりはないようだ。
「精鋭護廷十三隊とかエラそうに言うとるけど、上にいくほど変人の巣窟やからな。しゃあないんちゃう?」
後ろ手を着いて天井に深い溜め息を吐く男も、歴とした隊長の一人。上にいくほど変だというなら、確実に十三位までに入る。
乱菊は指折り数えてみた。悪戯好き、張り付けたような笑顔、無類の干し柿好き、……そこで、あれ? と止まる。
――意外と少ない? ……ま、ギンって優しいもんね。
ギンに好意的な感情を持っている乱菊は、吉良以外の誰からも同意を得られそうにない結論に行きついた。
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2019.9.17