有里湊幸せ計画
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1ヶ月というのはあっという間で、もう5月に差し掛かろ うとするある日の昼休み。
「ほぁぁあ…!」
今ではもう嫌になるほど聞き慣れた湊のストーカーにして変態小動物・名無しさんの声が教室中に響き渡る。
何事かとクラスメイトの視線が集まる中、湊は大して気にも留めず、購買部で購入したパンを貪っていた。
「ど、どうした名無しさんッチ?」
「一体何事よ」
こちらもすっかりお馴染み、順平とゆかりが慌てて名無しさんに駆け寄る。
肝心の名無しさんはと言うと、顔を真っ青にして今にも泣き出しそうな目で二人を見上げ、呟いた。
「お弁当…落としちゃった…」
そうして彼女が視線を向けた先には、見るも無惨にぶちまけられた弁当。どこをどうしたらここまで派手にぶちまけられるのか。
二人はそう思ったが、ぐっと飲み込んで「あちゃあ…」と呟くことしか出来なかった。
「どうしよう…私今日お金持ってきてない…」
「あー…オレも今日は持ち合わせねぇわ…」
「私ので良ければ少しなら分けてあげられるけど…」
「ううん、二人ともありがと…。……これ、三秒ルールで食 べられないかな」
お前それは人としてダメだろ。ていうか既に三秒どころか三分経ってんだろ。クラスメイトの心のツッコミが一致した瞬間だった。
流石の名無しさんもそんな心の声が聞こえたのか、はたまた自分で気付いたのかは定かではないが、散らばった弁 当を片付けてトボトボと自分の席に戻る。
こうなったらふて寝決め込んでやる。そう決意して空腹と格闘しようと頭の中でゴングが鳴り響いた瞬間。
「…パンならあるけど」
「ほあ…」
いつもなら真っ先に湊の声に反応する名無しさんだが、空腹のあまりそんな余裕はない。目をぱちくりさせれば、呆れ顔の湊がパンを片手に立っていた。
「……名字さん、すごい顔」
「いや、うん、知ってるけど…有里くん、これ…」
「余ったから」
「で、でも…」
「食べないの?」
ほら、と手渡されたパンから甘い匂いが鼻を掠める。その瞬間、限界だった彼女のお腹がぐう…と鳴り、思わず小さく噴き出す湊。
「あ、あり、ありがとう有里くん…!」
「抱きつかないでいいから」
ハグは湊に頭を鷲掴みされ阻止されたが、「早く食べれば?」という言葉に頷き、パンを頬張る名無しさん。
「っ……おいしい…!」
さっきまでのしょぼくれた彼女はどこへやら。周りも幸せな気持ちになるような笑顔を向けられ、湊は一瞬目眩を覚えた。
いやいや待て待てと首を振るも、目の前の少女はやはり幸せそうな顔で、本日二度目の目眩が湊を襲う。いつもこんなに大人しければいいのに。ひっそりと心の中で呟く中、ある人物はのちにこう語る。
――あの小動物みたいな笑顔は殺人的破壊力だった。by順平
そんなある日の昼休みは、ほんの一時の癒やしの時間となって終了した。