有里湊幸せ計画
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「名字さん!」
「名無しさん!しっかりして!」
「名無しさんッチ!オイ、目ぇ開けろって!」
月光館学園グラウンド。とある少女を中心に、三人の悲痛な叫びが響き渡る。
一人は普段見せない焦った表情で少女の体を起こし、二人は必死で呼びかけるが、少女――名無しさんは目を開けよ うとしない。
何故こんなことになっているのか。それは数十分前に遡る。
〜数十分前〜
「次体育だー!」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り終え、欠伸をかみ殺していた湊の耳に入ったのは、ストーカーにしてムードメーカーでもある名無しさんの声。
何がそんなに嬉しいんだか、とチラリと見ればそれはもう生き生きとした彼女の姿が目に映る。
「名無しさんッチはホント体育好きだよな」
「体動かさないと落ち着かなくて」
「名無しさんは運動神経だけはいいしね」
「ゆかりちゃんそれ失礼!」
確かに頭は良くないけどさ、と呟く名無しさんの言葉に心の中でこっそり頷く湊。さて着替えようと席を立とうとすれば、もう聞き慣れた声と足音が耳に入った。
「有里くん有里くん!」
「…二回も呼ばなくていい。抱きつくのもダメ」
「なんか私の扱い慣れてきたね」
「当たり前」
頭をがっちり押さえてやれば小柄な名無しさんはバタバタもがくだけ。女子相手に可哀想な気もするが本人は大して気にしていない様子だ。ポジティブ思考の変態ストーカーは一筋縄ではいかない。
「次、体育だね!」
「…それで?」
「有里くんのナマ足腹チラが拝めいだだだだ!!」
「ああごめん、つい力んじゃった」
「あああ頭潰れる…!しかも棒読み!」
掴んでいた頭に思い切り力を込めてやれば、名無しさんの悲鳴が教室中に響く。しかしクラスメイトはもう慣れたのか、見向きもせずに体育の準備へ取り掛かっていた。
「ほら名無しさん、早く着替えに行きましょ」
「ゆかりちゃんこの状況華麗にスルー!?じゃあ有里くんまたあとでー!」
「はいはい」
適当にあしらって自身も着替えはじめる。まさかこのあと事件が起ころうとは、誰も予想していなかった。
男女共同の体育の授業も終わり、自由時間。早速湊に駆け寄ろうとした名無しさんに不幸――否、天罰が下った。
「有里くーん!…うぎゃ!」
「あ」
湊が転がってきたバスケットボールを投げたところに名無しさんが現れ、顔面に直撃、そのまま後ろへ倒れて後頭部強打。そして冒頭に戻る。
「保健室に連れて行ってくる」
さすがに責任を感じたのか名無しさんを背負う湊。な るべく振動を与えないようゆっくりと歩き出したと同時に、ゆかりと順平の「あ」と言う声が重なった。
その直後。
「あ、あああ有里くんと密着…!」
「!?」
いきなり背後から名無しさんの声がしたかと思えば、重くなる体。一度意識を取り戻したらしいが、また気絶したようだ。
「……今何があったの?」
「密着して嬉しさのあまり気絶したんだと思うけど…」
「どんだけ単純なんだ、名無しさんッチ…」
結局名無しさんは保健室に運ばれ、その日は完全に目を覚ますまで幸せそうに気絶していた、と後にゆかりと順平は語る。
(たんこぶ、ごめん)
(有里くんと密着出来て幸せだったからいいの!)
(……ああ、そう)