有里湊幸せ計画

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放課後。帰り支度をしていた湊の元に駆け寄ってきたのは、やけに慌てた様子のゆかりだった。

「有里くん、名無しさん見なかった?」

「いや、見てないけど」

そういえば今日はほとんど絡んで来なかったな、とふと思い出した湊はすぐさまそう答えた。いつもなら真っ先に「デートしよ!」などと飛びついてくるはずの名無しさんの姿は確かに見当たらない。

どうしたの?と問いかけようとしたが、そんな間もなく教室から飛び出して行ってしまい、しばらく呆然としつつも自身もゆっくりと教室を出た。

そういえば昨日彼女はバイトのことで怒られてたな。

ふと名無しさんの泣き出しそうな顔が浮かんで、湊は首を振る。

(…関係ない)

そう思いつつも、溜め息が一つ零れたことに湊は気付かない。

ぼんやりと帰路を辿っている と、目の前に飛び込んできた光景 に思わず「…あ」と声が出た。

あの小柄な後ろ姿は間違いなくゆかりが探していた名無しさんだ。ただ気になるのは、ふらふらと覚束ない足取り。その姿はまるで。

(無気力症…?)

まさかそんなはずはない。一瞬焦りを覚えた湊は、すぐさま彼女の後を追う。あともう少し。そんな距離に差し掛かり、声を掛けた瞬間。

「名字さ、っ……!」

小さな体がぐらりと傾き、慌てて抱き止める。初めて自ら触れた彼女の体は思った以上に細く、いつも血色のいい顔は真っ青で、余計に湊の焦りを生んだ。

(とにかく、病院…!)

今はそれが最優先だと言い聞かせ、病院へと駆け込んだ。



―――



「……ん、」

うっすらと差し込んできた明かり に目を開ければ、見慣れない部 屋、鼻につく薬品の匂いに思わず 名無しさんは顔をしかめた。

「… 起きた?」

「……有里くん…?」

何故目の前に湊がいるのかわからず瞬きを繰り返す名無しさんに、「ここ、病院」と告げれば今度は目を丸くする。


「栄養失調に疲労、睡眠不足だって」

「……そっか。ごめんね、迷惑かけて」

「岳羽が心配してた」

「う…明日雷落ちるかなあ…」

ようやく見せた小さな笑顔に安堵したのは何故か。疑問を抱きつつも、名無しさんの頭をそっと撫でると、ただでさえ大きな目をさらに丸くさせた。

「あ、有里くん?」

「僕のアドレス、入れといたから」

「は、え?」

「困った時はメールして」

「…うん、ありがとう」

名無しさんが頷いたのを確認して、じゃあねと病室を出る。去り際に見せた悲しそうな顔には気付かない振りをした。

薄暗い廊下を歩きながら、少し前まで心配そうに名無しさんを見ていたゆかりの言葉が、ふと頭 をよぎる。


『名無しさんの両親、 無気力症らしいの』


だから彼女は一人暮らしで、昨日ふともらした言葉の真意がようやくわかった。

(何で、彼女が)

そんな目に遭わなければならないのか。ギリ、と奥歯を噛み締め今夜もタルタロスに挑むために湊は病室を出た。


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