有里湊幸せ計画
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「有里、名字を知っているか?」
「え?」
部活も終わり、寮にてのんびりくつろいでいた湊にそう声をかけたのは、同じ寮生であり生徒会長を務める桐条美鶴。
何故彼女の口から湊の最大の悩み の元凶である名無しさんの名前が出て来るのか疑問に思ったと同時に、とてつもなく嫌な予感が脳裏を過ぎった湊はその返答にしばし困った。
――知ってるも何も、僕は日々訳のわからないストーカー的行為をされてますけど。そんなことは口が避けても言えない。
しかし悲しいかな、クラスメイトであり寮生でもある順平が先に口を開いた。
「名無しさんッチのことなら知ってるも何も、毎日ラブアタック食らってますよコイツ」
「ラブアタック?」
「順平ちょっと黙れ」
思わず荒ぶる言葉に順平は押し黙ったが、美鶴は大して気にも留めず「これを渡して欲しい」とある物を差し出してきた。
「…これは?」
手渡された物は一通の手紙。差出人は記されていないが、宛名にはしっかりと名無しさんの名前が書かれている。
何故美鶴がこんなものを、そして何故それを自分に渡すのかという疑問が浮かび上がるが、内心めんどくさい湊はあえてそれを聞 かなかった。
「昨日校内で偶然拾ってな。名字の名前とクラスは明彦から聞いて知っているが、さすがに私から渡すのも変だと思って困っていたんだ」
真田先輩余計なことを、などと密かに考えていると、「頼めるか?」と美鶴の声が耳に飛び込んできた。
正直なところ、頼まれたくない。自分から近寄ったら何をされるかわからないからだ。しかし困っていると言われれば仕方ない。そう思い「…わかりました」と渋々返事をしたのだった。
そして翌日。
「…名字さん、これ」
「あ、おはよう有里くん!……これ何?ま、まさか有里くんからのラブレター!?」
「殴るよ」
「すみませんでした」
頼まれただけ、と簡潔に述べた湊からそれを受け取り内容を確認した瞬間、名無しさんの顔が曇った。その表情に思わずギョッとして「どうしたの?」と問いかけても、彼女は曖昧に笑ってみせるだけで答えようとはしない。
「ほら、早く教室行こ?」
いつも以上に明るく振る舞う名無しさんの態度に気付かない振りをして、後ろからついてくる少女にチラリと目線を向ければ。
(…またあの表情)
今にも泣き出しそうな顔の名無しさんに、少なからず胸が痛んだのは何故だろう。
自身にもわからない疑問を振り払い、教室へと足を運ぶのだった。