有里湊幸せ計画
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ある日の放課後。部活も終わり帰宅しようとした湊は、忘れ物をしたことに気付いた。重い足取りで教室へ戻れば、ストーカー的存在の名無しさんの姿に思わず足を止める。
だがいつも元気が取り柄の彼女は珍しくぼんやりと席に座っているだけ。
どうしたんだろう。そんなことを思いながらとりあえず声をかけてみた。
「…まだ帰らないの?」
「あれ、有里くん」
やっほーなどと呑気に手を振っているが、やはり元気がない。明日は槍でも降るんじゃないか。失礼ながらも湊はそう思った。
「有里くんは部活帰り?」
「うん、忘れ物したから」
「そっか」
彼女の短い返事のあと、沈黙が流れる。なんだか調子が狂ってしまった湊は思いきって「どうしたの?」と聞いてみた。
「え、何が?」
「なんか元気ないから」
「そうかな」
「具合でも悪い?」
違うよ、とすぐに否定して苦笑いを浮かべるがどことなく悲しそうな表情だ。
「時間が経つの、待ってるんだ」
「…え?」
「一人で家にいるの寂しいから」
そういえば彼女の両親は無気力症で、一人暮らしをしていることを思い出した湊はすぐにハッと我に返り、同時に後悔してしまった。
そんな湊の様子に気付いた名無しさんは慌てて笑顔を繕うと、「ごめんね」と小さく呟いた。
「何で名字さんが謝るの」
「いや、だって有里くん困らせちゃったから…」
眉を下げてもう一度謝る名無しさんに、ふつりと小さな怒りが沸く。君が悪い訳じゃないのにと、どうして僕の口からその言葉が出ないんだ。そんなもどかしい気持ちが込み上げてきたからだ。
「…有里くん、怒ってる?」
不安げにこちらを見つめる名無しさんの言葉に首を振るが、彼女はどうやら納得がいかないようだ。しかし次の瞬間、タイミングを見計らったように小さくグゥ…という音が聞こえ、思わず目を丸くした。
「…お腹空いたの?」
「ご、ごめん…」
恥ずかしそうに顔を赤くしてお腹を押さえる姿に思わず吹き出してしまった。さっきまでの沈んだ空気がまさか腹の虫で吹き飛ぶとは。
肩を震わせてクツクツと笑う湊の姿に「ひどいよ」と反論してみせる名無しさんだが、効果はないようだ。
「ごめん、つい」
「ついじゃないよ…有里くんの前で恥ずかしい…」
「じゃあ、お詫びにご飯でも奢るよ」
「え…」
突然の提案に、今度は少女が目を丸くした。家に帰りたくないと言うのなら、少しでも外にいる時間を伸ばせばいい。
そんな安直な考えだったが、名無しさんはお気に召したらしい。すぐに顔を輝かせ、「いいの?」と問いかけてきた。
「僕のお気に入りの店で良ければ」
「もちろん!…これってデートになっちゃう?」
「名字さんはこれがデートでいいの?」
「やだ!日曜に取っとく!」
「じゃあそういうことで」
行こうか、と手を差し延べればいつもの調子で飛び付いて来たが、今日くらいはいいかとされるがまま、首に腕を巻き付けて宙ぶらりん状態の彼女に目をやると。
(…やっと笑った)
作り笑いでも悲しげな笑いでもなく本当に嬉しそうに笑う姿にホッとしながら、ゆっくりと学校を後にした。