有里湊幸せ計画

□14
1ページ/1ページ



――真っ暗な空間で、僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。

(有里くん…!)

ハッと目を覚ますと、見慣れない天井が湊の目に映る。

ゆっくりと体を起こし辺りを見渡せば、不気味な空間が広がってお り、すぐにタルタロス内部だと理 解した。

(…今、名字さんの声が聞こえた気が)

そこまで考えたところで本来の目的を思い出し、勢いよく立ち上がった。

一緒にいたはずのメンバーとは前回同様はぐれたらしい。だが、今の湊には問題はそこではない。

(名字さんを探さなきゃ)

先ほどまで冷静でいられたはず が、一気に焦燥感に駆られる。と にかく彼女を見つけないと。そう 思い駆け出そうとした瞬間、耳に つけていた通信機が鳴っている事 に気が付いた。

「…山岸?」

『よかった、繋がった…!』

「他の皆は?」

『通信が途切れちゃって…とりあえず皆無事みたい』

それなら問題ない。ホッとしたのも束の間、『あ…!』と焦った様子の風花の声が耳に入った。

『シャドウの反応がすぐ近くに!…あと、これ…』

「…どうしたの?」

『シャドウ以外の反応……有里くん、シャドウの近くに人の反応があります!』

「っ…!」

『待って有里くん、まだ…!』

他にも風花が何か言っていたが、湊の耳にはもう何も入らない。

名字さんかもしれない。その一心でタルタロス内を駆ける。

「っ……邪魔をするな!」

途中で出くわしたシャドウを薙ぎ倒し、負った傷にも目をくれず、無我夢中で走っていく。

ただただ、彼女を助けたい一心で。

「名字さん!」

寮のメンバーすら聞いたことのない程の声を張り上げれば、タルタロスに響き渡る。ただそれに返事はなく、 再び辺りに静寂が訪れた。

(どこにも、いない)

風花が言っていた人の反応は名無しさんではなかったのか。やりきれない気持ちがこみ上げ、崩れ落ちた時だった。

「……有里くん…?」

今にも消え入りそうな声が、耳に入る。それと同時に聞こえた足音に思わず固まった。

――幻聴か?

一瞬疑ってしまったが、目の前に飛び込んできた細い足。それからゆっくりと顔を上げれば。

「……名字、さん…?」

夢でも幻でもなく、紛れもない名無しさん本人が目を丸くさせて立っていた。

「あ、有里くん……わっ!?」

「……無事でよかった」

勢いよく飛びつこうとした名無しさんより先に、湊が抱き締める。今ここで他のメンバーに見られようがどうでもいい。

彼女が無事だった。ただそれだけで今の湊には充分だからだ。

「あ、あああ有里くん?き、今日は一段と大胆すぎて、」

「…怪我は?」

「え?あ、うん…変な黒いのに少し…」

「っ…!」

慌てて体を離し彼女を見れば腕や足、顔から少量の血が流れていることに気が付いた。

「私より有里くんも怪我…!」

そんな傷を負い、怖い思いもしただろうに目の前の少女は湊の心配をしている。

いたたまれない気持ちでもう一度彼女を抱き締め、「僕は大丈夫だから」と呟けばおとなしくなる。

(私、幸せすぎて死ぬかも…)

(…もう少し、このままで)

トクントクンと、彼女の生きている音を聞きながら、胸一杯の安心感と共にしばらくの間 名無しさんを抱き締めるのだっ た。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ