ブラッド×ファイター

□5 目覚め
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「大丈夫〜?大好きなミルクティーだよ!!」

『本当に!?』

ミルクティーという言葉に急に元気になる唯。
菖は話の続きを聞くタイミングを逃したまま、椿に冷徹な視線を送りつけるのだった。

「あ、唯。華漣が…じゃなくて社長が報告待ってたよ」

「嘘!ちょっと行ってく…」

─ーガダン!

勢いよく床に落ちた。
羞恥心と腹が痛いのとでぐちゃぐちゃになり必死の思いで痛みを抑え、キャロルを呼んだ。

「き、キャロル!」

「大丈夫ですか?」

「無理!足直して!」

部屋の外に出た私は、キャロルにそう言った。
キャロルは仕方ないですね、とため息をつくと、微笑みながら紋章が付いた右手で私の足に触れた。
少しだけ痛んだが、我慢できる程度だったので、何も言わなかった。

「うわぁ…すごいですねぇ…足二本折れてますよ?」

「そんなの、いつもでしょ」

足二本折れることがいつものことならば、一般人はどうなるのか。
取り合えず脚の情報を読み取ったキャロルは手を床に沈ませた。
文字通り、床に沈んでいく。その代わりと言っても何だが、沈めた分だけ床から薬草が生えてくる。



「また黙ってるつもりですか?」

「まあね…心配はかけられないし…キャロルが治してくれるから大丈夫」

「だからって怪我しても大丈夫なわけじゃないですよ。それに、僕の力は完全じゃないし…」

「はいはーい」

少しキャロルに叱られたが唯は社長室に向かった。
社長室では仕事モードになった華漣が立っていて、社長らしく状況整理をした。
彼女は仕事とプライベートとをそれはそれはしっかりと分けている。









「まず初めは二体のdes-feaですのね。知能がないdes-feaが集団行動していた…しかも片方はレベルE」

「片方かどうかは分からないけど…確実に片方はEです」

そう、と考え込むようにイスに座る。私みたいな見習いと違い、認定戦闘士である華漣は意見するだけでデータを取り込める。
話すのがめんどくさくなった私は、宙にタッチしてプレートを出した。
手際よくスライドしていく。
タッチするたび鈍い音がなる。バイブ音のような音だ。

「詳しくはこれを見てください」

「分かりましたわ。では唯も休みなさいですわ」

「はーい」

社長の一言の後私はお辞儀する。
そんな唯に華漣も微笑んだ。

「任務、完了ですわ」

その言葉と同時に華漣も一気に雰囲気を変える。
社長から野薔薇華漣へ。
そしてさっさと部屋を出ようとする唯に唐突に質問をした。

「っと…、ちょっと待ちなさい」

態度も声色も言葉遣いも、社長から野薔薇 華漣になる。
毒気のなかった優しい、社長の声は一見して育ての親の声となる。
嫌な予感しかしない唯は極力顔を合わせないように背中越しに質問した。




「…何?」

「何?じゃなくて、怪我、どこ怪我したの?」

「怪我?…見てのとーり何も…」

─ードゴッ!

痛い所を的確に突かれ、前のめりに倒れる。
声も出せないぐらいに痛くて、思わず吐きかけた。


「ドコが?」

「い………ったぁぁぁぁぁぁぁあああ!!お、鬼!超鬼!本物の鬼だよアンタ!」

「鬼じゃないわ、どこ怪我したのよ」

容赦ない華漣の攻撃に息を切らしながら答える。
口の端から涎が垂れるが、そんなの御構い無しに華漣は攻め立てた。
本当に、最早鬼だ。

「け…」

「ケ?」

「怪我なんてしてなぁぁぁあああああい!」

隙を見つけて兎の能力で飛び出す。
流石に華漣も隙をつかれたらしく、その速さに見失ってしまった。
これは本当に逃げられてしまったようだ。

「こら!待ちなさい!唯!」

華漣の声を無視して走る。
追いかけようとした華漣を椿が止めた。

「待って華漣」

「…何よ」

止められたことが気にくわない華漣は刺々しい視線を椿に向ける。
椿は華漣の目を見ないように逸らした。
そう、椿は華漣に逆らえない。
それは小さい頃からの習慣で、もう取ることが出来ない性だ。
震えた声で続ける。

「唯にも唯で、きっと考えがあるんだよ」

「でも…」

「あの子なりに心配かけたくないんだ。華漣はあの子にとって命の恩人なんだから」

《命の恩人》その言葉に華漣の肩がピクンとはねた。


「そんなの…違うわ。私はそんなんじゃない。私はあの子に…」

「違うことないよ、多分ね」

「でも、私はあの子に辛い未来を与えてしまったわ」

「それを含んでの気持ちだよ。それに、唯はそれを納得してる」

華漣は十年前のあの日、唯を助けた。その単語だけだと、とても良いことに聞こえる。けれど、助かると同時に、唯は辛い未来を歩まねばならなくなった。
普通のSAの何十倍の苦痛を。

「それに、唯のために出来ること他にもあるはずだよ」

「他にも?」

「唯のパートナーに一番だと思うんだけど」

椿がそう言いながら、指さしたのは菖だった。壁にもたれかかる菖は機嫌が悪そうだ。

「アイツが…何で?」

「菖、今の話聞いてペアになる気した?」

『………お前、本当に嫌なヤツだな。死ね』

「そんなこと言われたら…本当に死ぬよ?」

泣く振りをしながら菖にすがり付く。それを忌々しそうに剥がす。

『大いに嬉しい』

その無駄な一連の動きに苛立ちが最高潮に達した華漣はためらうことなく椿の頬に拳をぶち込んだ。

─バキィ!!

「さっさと話して頂戴」

「華漣、超痛い」

『さっさと話せっつーの』

華漣と菖の両方から肩身の狭い思いをさせられた椿は頬を脹らませながら、話し出した。

「唯と同じ…それ以上の人、それが菖だよ」

「何を言ってるの?だって菖は駆り出されたって…あの子はただのSAじゃなくて…」

『それ以上言うな、誰かが聞いてるかもしれない』

華漣は菖の言葉をすかさず受け止めた。二人の存在は世界に拒まれてる。だからこそ用意に言葉にしてはならないのだ。

「兎に角、華漣には言えなかったけど菖はそうなんだ。だから唯も菖を望んでた」

「あの子がパートナーになりたいって言ったの?」

『ああ、言われた。好きだとかほざいてた』

菖の一言に、椿は煩く反応する。

「あのねー菖、ほざいてたはだめでしょー」

母親気取りのような口調に腹が立つ。

『黙れ、お前も気安く話しかけるな、帰れ』

「ひ、ひどい!ひどすぎるよ!」

話を大いに逸らした椿だが、華漣が睨むとすぐに静まり返った。





「私は望んでいるなら薦めるわ。後は…アンタの意見」

『俺は嫌だ。もう、他人と関わるのは御免だ』

しっかりと意思の隠る言葉に椿も口を挟まずにはいられない。なぜ菖がこう頑なになっているのか、椿にも分からないのだ。この12年の間に菖に何かあった。それだけしか分からないのだ。

「菖ー…」

『けど、聞いてしまったなら仕方ない。社長からの命令なら従う』

「命令…ねぇ…気が乗らないわ。アンタの意思の問題なんだけど…あの子が望んでいるなら、命令する」

命令、そう華漣が言葉にすると、菖は。



『従います、社長』



堅苦しく菖が答えた。まるで、形式上だ。

「何で菖はそう形式にこだわるかなー?いい子だよ、唯。よく苛められるけど」

『苛められるのかよ。つーか、アイツと俺は8歳違うから、俺はロリコンじゃない。お前は死ね』

「まるで言葉が繋がってないよー(泣)」

隣でいつものようにいじける椿に二人は目もくれない。

「とりあえず、仕事モード」

そう言うと、華漣は一気に空気を変え優しく微笑みながら辺りに薔薇のような空気を漂わせた。何故か薔薇が見える。これが社長、野薔薇華漣だ。


「では椿、あなたはレベルEdes-feaの発生の原因を探って下さいですわ。菖、貴方は唯の元へ、そしてこれを」


徐に出した腕章。それには薔薇縫い付けられてた。
一方は白バラ、もう一方には黒バラ。
そしてSAレンタル所という文字が縫い付けられていた。


『何だコレ…』

「何、って言われても…ここはSAレンタル所。No.が分からなければ、指名してくれませんのよ?」

「だから何でチョークなんだ」

そうなのだ。
レンタル所の刺繍の下に、No.6とNo.4の文字がかかれていたのだ。
チョークで。

「そんなの、今聞いて今決まったペアですのよ?縫っていた方が可笑しいですわ。明日にでも縫いに行って来なさいですわ」

『つまり、めんどくさかったってことか』


その質問に、華漣は答えず。


「兎に角、唯んとこ行って来なさいですわ」

時刻は9時を丁度回った。

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