『"あなたなら心配ないわね"』
『"二年生になっても…"』

以前、母からかかってきた電話。その後、強烈な違和感を覚えた。

(母は何か学校の事情を知っているわね…)

そう考えて間違いない。妙なニュアンスを含んでいた…あの言葉。

(それなら、もしかすると…)

ミサトの通っていた建物。母の勤務地。あそこと学校は繋がりがある。リツコはそう確信していた。

(だから、私とミサトは進級できた…そう考えたら辻褄が合う)

他の生徒の事は知らない。全員、あの建物に関わりがあるとは考えにくい。ミサトの次にリツコに近い人間…加持。彼には新東京と繋がりはないはずだ。今までの話だけだと。

(ミサトの意見を聞かないと…)

母親は泊まる数は減っていたが、休まずに新東京へ通いつめている。昔の母親ではない。リツコが何を話しても上の空だ。娘の事など考えていない。帰って来たら、また昔の優しかった母親に戻ってくれる…そう思っていた淡い期待は砕かれた。

(母からは何も聞けないわ…聞きたくもない)



「リツコ!お待たせー」

ミサトが通う道場が、学校の近くというのはありがたい。図書室で時間を潰してから、道場の前でリツコは待っていた。額の汗を拭きながらミサトは元気一杯といった様子で出てきた。

「楽しそうじゃないの。疲れていない?」

学校の体操着の上にジャージを羽織って、荷物を沢山抱えているミサト。鞄から水を取り出してゴクゴク飲んでいる。相当な運動量ではないかと想像がつく。

「平気だよ。とっても楽しいよ…厳しいけどね」



結局、ミサトの家に行く。学校の側では誰かに会う確率が高い。ゆっくり話せる店も限られている。

「…生活感があるようなないような部屋ね」

一度、加持とミサトが頭痛を起こした時にリツコは来ている。その時は、そちらの方が心配で部屋の様子まで気にかけなかった。今時珍しい、古いアパート。朝に食べたであろう菓子パンの袋とコーヒーカップが小さな机の上に置かれたままだ。

(あらあら…)

綺麗とは程遠い。女の子の家は思えない部屋。リツコは少々呆れるが、ミサトらしいな、と思う。

「ところで、リツコから話とは、何か重要な事だよね?」

目の前で着替え始めたミサト。体育の授業で見慣れてはいたが、やはり傷が目立つ。それに、足や腕、体…アザが無数についていた。

「ぶ、武道でついたのよね、そのアザ」
「そだよ。いっつの間にか、ついちゃうんだよね」
「怖いのね。私にはとても想像できないわ」
「やってる時は夢中だから分かんないモンだよ」

ラフな部屋着になると、ミサトは慣れない手付きでコーヒーを淹れ始める。時間がかかりそうだ…そう判断してリツコは自分がやると申し出た。

「誰かに淹れてもらえると美味しいね。インスタントでも」

畳に座り、一息ついた様子のミサト。やっと、落ち着いて話せる。



「…あったま良いね、ホント、リツコ…凄い」

新東京のあの建物と、関係のある人物は無条件で残れる。リツコとミサト。たった二人の一致だから何とも言えないが、リツコの母親の話から感じた違和感…それをできるだけ分かりやすく言葉を選び、リツコは話した。

「アタマの悪い私が進級できたのは、そういうワケなんだ」

ミサトは納得しているようだ。

「この学校に入ったのは"あの人"に言われたからだし」
「そうなの!?」
「あれ?言ってなかったっけ。そだよ。絶対ここにしろって。勉強についていけなくて困ったのに」

(完全に間違いないわ…)

どういう事情かは分からないが、ミサトはこの学校に新東京の、あの場所の関係者に送り込まれてきた。

「あそこと学校は通じている…そう考えて良いわね」
「だよね。リツコに言われるまで気付かなかったけど、絶対…」

ミサトの表情も引き締まってくる。少しずつ核心に近付いていく。リツコのおかげで。自分一人では想像すらしなかった。

「他は知らないし、全員調べる訳にはいかないけれど…加持君はどうなのかしら」

加持の周囲の人間。現在身近な人は叔父とユイ。良く考えてみたら、叔父のがどんな仕事に就いていたのかミサトは知らない。ユイも。

「叔父さんは加持に聞けば良いけど、ユイさんは加持も知らないしね…聞けないと思うし」

(それは仕方がないわね。でも、ユイって人は不思議よね)

話しからすると、とても感じが良い、加持の叔父の恋人。第一、体が不自由になっても献身的に介護するのは、相当な愛情があるのだろう。リツコは会った事はないからあくまで想像に過ぎないが。

叔父が事故に遭ってから現れたユイ。加持すら存在を知らずにいた。甥に話すのもはばかられる…そうとも考えられるが、タイミングが良すぎる。リツコはそう思ったが、会った事がない人だ。あくまでもリツコの予測。

(学校とあそこが繋がっている。一つ答えが出ただけで充分だわ)

加持も、彼の叔父も慕っている人間を疑うような事はすべきではない。

「ねえ、ミサト」
「なになに?また何か思い付いた?」

尊敬の眼差しでリツコを見るミサト。素直で、明るい。これが本来の彼女なんだろう。

「私達は多少動き回っても平気そうね」


加持が学校へ行っている間、ユイは家の事をやってくれていた。夕食と次の日の朝食、弁当の分まで料理を作ってくれる。時には夕食を共にする事もあった。

彼女が自発的にしてくれている事だ。人の好意を無下に断るのも申し訳ない。加持はそれを受け入れていた。というより、この生活が普通になりつつある。

(しっかし、ホント、ここまでしてくれて良いモンか?)

惚れた相手に頼まれた事でも、甥である自分に世話までする。必要以上に。

(当事者にしか分からんハナシだよな)

助かっていると言えばそうだ。ユイのしたいようにしてもらおう。彼女は本当に叔父に好意…と、言うよりそれ以上の感情があるように見える。恩返しでもしている…その表現が、一番しっくりする。

(叔父さんも、ユイさんも、何か抱えて生きてきたのかもな)

自分の倍以上、歳上だから当然だ。加持は叔父とユイを尊重し、二人に従おうと思っていた。



驚いていたのは最初だけで、一ヶ月も経つと皆、一年の時と同じように学校生活を過ごしている。内心、納得できなかったり、不信に思う者もいるだろう。たが、それを言ったところで、自分に利益はない。それなら大人しくしている方が良い…そんな所だろう。



(そろそろ帰ったかな)

今日は稽古だったから、ミサトと一緒に帰れなかった。学校では話す時間もない。やはり、声が聞きたくなる。携帯を手にした瞬間、鳴り出して少し驚く。ミサトからだ。彼女から電話をしてくるのは珍しい。

「"葛城、どうした?大丈夫か?"」
「"大丈夫だけども…"」

体調が悪くなったのかと思ったが、ミサトの声を聞いてホッとした。

「"俺もかけようとしたとこ…こういうのって、愛を感じるなあ"」
「"…やっぱいいや"」
「"ちょ、ちょっと待て、切るなよ。切るな…何かあった?"」
「"加持に話す方が良いのか、迷ったんだけど…"」

リツコに一応、加持の耳にも入れておいて欲しいと言われ、ミサトはそうする事にした。しかし、加持を巻き込んで良いものかと、迷いはある。

「"電話だとちょっとなあ…うーん。悪いんだけど、これから会える?"」
「"俺は大丈夫だけど。葛城疲れてないか?"」
「"元気だけど、家を出る元気まではないかも…こっち来てもらっても良い?"」



好きな女の子が独りで暮らしている家に行くのは、抵抗がある。それを言うと、妙な警戒されそうだから、加持は何でもないフリをするしかない。

前に行った時とは違い、加持は一応、気持は伝えてある(伝わっているかどうかは別として)一見、大差はないようだが、加持からすれば大きく違う。

(…重要な話だよな)

それにしてはミサトの口調は明るかった。何か前向きになれる事でも、見出したのだろうか。ミサトもリツコも学校の話からは、興味は薄れていっているように感じていた。だから、加持は静観する事にしていた。

(久しぶりだな)

古いアパート。その前にミサトは立っていた。

「ありがとね。わざわざ」

白いタンクトップに薄手のカーディガン。カーキ色の七部丈のパンツ。胸にペンダントが光っている。部屋着には見えない。多少は気を遣っているのかと思うと、加持は少し嬉しくなる。

「いや、俺も気になるし」

話すべきか迷っていたミサトは、加持の表情を見て安心したように笑う。前より大人びた笑顔だ。女の子というより、女性という表現が合うようになってきている。

(キレイになったな)

本人に言っても、信じてもらえないは分かりきっているから言わない。

「どうぞ。散らかってるけど」



机の上にはコーヒーカップが二つ置いてあった。

「誰か来てた?」
「さっきまでリツコがね」

(赤木か。珍しいな)

今日は珍しい事だらけだ。リツコと話をした後、すぐに電話をくれた…という事は、余程聞いて欲しい話なんだろうな、と加持は思う。

「ごめんね、狭くって。適当に座って」
「ああ」

加持が机の前に座ると、ミサトは布団の上に座り、壁にもたれた。

「忘れないうちに話さないとなあって思って。リツコから聞いた事、簡単に言うね」

先程聞いた話…新東京と学校が、何かの形で通じている。ミサトはリツコに言われた通りに説明し始めた。



「信憑性はあるな…つーか、完全にそうだな」

リツコの母親の態度で明かだ。

「あとさ、ヘンじゃね?」
「全部おかしいトコだらけで、何がヘンか分からないんだけど」
「赤木の母さんは、わざと赤木に気付かせるようにしてるみたいじゃん」

言われてみればそうだな、とミサトは思って加持を見つめた。リツコの母親がうっかり口を滑らすような事はしないだろう。

「葛城は、学校選べなかった…つまり、この学校に通わせるのが前提ってコトだよな」

繰り返しになるが、これは大事な部分だ。加持は念を押す。

「うん…なんでかな、とはつくづく考えてたけど」

(俺としちゃあ運が良いが)

そうでもなければ、ミサトと出会う事はなかった。

「立ち入った事、聞いて良い?」
「どうぞ。葛城に隠す事はないし」

事実だ。自分の弱く、汚い部分をミサトには見せてしまっている。今更隠すようなモンはない。

「じゃ、遠慮なく…あのさ、叔父さんはどんなお仕事してるの?」
「へ?ああ、彼も関係あるのかって考えたって事か…それはないと思うぜ、たぶん」
「たぶん?」

加持の断定しない言い方をミサトは不思議に思った。

「今は…休職中だけど、フツーのサラリーマンだ…結構大手らしいが」
「"今は"?」

加持の言い方だと、前は違う仕事をしていたと捉えられる。

「一度、転職したって事は聞いたような…詳しくは知らん」

叔父も昔の話はしない…だから、聞かないようにしていた。そう加持は言う。

「みんな過去は語らないんだね」
「言われてみりゃそうだな…俺の周りはそんな人間ばっかだし」

(…加持が、ここに来る前は?)

ミサトの心中を察し、加持は話す。

「言ったコトなかったっけ?叔父さんに会う前は住む家もなかったし。サバイバルだったな…今こうして生きてる事が不思議だよ」

何でもない事のように加持は言う。ある日突然、家族を奪われ、それと共に全てを失う…どうやって暮らしてきたのかミサトには想像がつかない。

「聞きたきゃ答えるが…ホント、今となってはどうでも良いしな」
「聞かないよ…」

聞けない…という表現が正しい。過去に何をしていたとしても、加持は加持だ。それで今の彼が変わる訳ではない。それでも、古傷に触れるのは躊躇う。

「昔よりさ、今とこれからの方がずっと大事じゃん。そう思ってるよ、俺」

加持の言葉にウソはない。目を見れば分かる。本当にそう思っているんだろう。

「…うん」

立ち上がると、加持は玄関へ向かう。時計を見ると終電の時間が迫っていた。

「俺の話ばっかして悪かったな」

見送るべく、ミサトも立ち上がった。

「ううん。私こそごめん」

自分の事しか考えていなかった。リツコならもっと上手く話せただろう。叔父の事を深く聞くべきではない。もうこの話はしない…その方が良いとミサトは思う。

「なに言ってんだ。ここまで来りゃ乗り掛かった船だ…つーか、俺も知りたいんだよ」

真実を探り、近付くとミサトの過去に触れていく…ただのカンだが、それは当たると思う。その時に近くに居たい。そうしないと、ミサトは遠くへ行ってしまう…言葉にはしないが、加持はそんな気がしていた。

(良いのかな…)

全く関わりがない訳ではないが、現時点で分かっている事だけだと、加持と新東京を繋ぐ物はない。ユイの事を聞き忘れたが、これ以上、人の過去を探るのは止めようとミサトは思った。第一、加持もユイには聞けないだろう。

「迷うなって。俺がそうしたいからする…そんだけ」
「…うん」

納得がいかない様子のミサトを見て、加持は言葉を継ぐ。

「逆だったらどうする?」
「逆?」
「葛城と俺の立場が、だ。考えてみ?」

(逆かあ)

リツコと加持が新東京に関わりがあって、新東京の建物と、自分の通う学校が繋がっている…半分に減った生徒。残った自分。

「知りたい」

ミサトは思わず口にしていた。

「だろ?ここまで来たら最後まで付き合うって」

加持はそう言いながら笑う。なんとなく答えを誘導されたような気がしないでもないが、ミサトも同じ事を言うと思う。

「じゃあな、明日」
「うん、気を付けて」

走りながら、一度加持は振り返り、手を降った。それを見届けて部屋に戻る。独りになると、狭い部屋がやたらと広く感じた。


一年の時以上に、皆勉強に集中していた。最初にリツコが考えていた事…成績上位の生徒が進級できる…そう考えているようだ。たぶん、それなりに勉強ができる人間が残ったのだろう。周りは皆ライバル…そんな空気だ。

(…重い)

リツコは慣れていたし、加持は周りは気にしないタイプだ。学校は勉強する場所とは知りつつ、ミサトにこの空気は耐え難い。

加持と登下校中に話せるのは救われる。たまに家に寄り、ユイの作ってくれるご飯を食べる(嬉しい事に、ユイはミサトを呼ぶように急かすらしい)そして、道場に行く日だけがミサトの楽しみだった。

「葛城さん」
「先生。ありがとうございました」

稽古が終わり、充実感に浸っていると、帰りに先生に呼び止められ、ミサトは荷物を置いて礼をする。

「あなたは小さな子供の指導が上手いですね。気合もあります。良い先輩がいると後輩は強くなります。心身共に」

単に、少年部…高校生までの部では、ミサトが最年長だから、自然にそうなっているだけ。それに、集中しているこの時間は、日常生活を忘れさせてくれる。嫌でも気合は入る。

「あ、ありがとうございます」

先生の前では緊張する。物凄く雰囲気のある人だ。稽古中、許される言葉は少ない。まともに喋ったのは入門以来だ。

「お友達やお知り合いがいたら、見学や体験入門は歓迎です」

(そういえば、前より増えたな)

一般部と少年部に別れたのも、そういう事情か。

「あの、初心者でも良いんですか?」
「道を志すのに年齢は関係ありません。ここも、大人から始める方も多いです」

稽古の時には見せない笑顔で、先生はミサトに手をあげると道場へ戻って行った。

(新東京でも、大人ばっかだったな)

あそこにいる人は、また違う理由でやってるだけかもしれないけど。先生はあの建物の事情は詳しくなさそうだ。でも、出入りが許されている数少ない人間の一人ではある。

(何もかもヘンに考えちゃうなあ)

この癖は治そう…そう思いつつ、ミサトは家路についた。



「む、無理よ、無理」

何気なくリツコを誘ってみたが、予想通りの反応だった。

「あなたみたいにできる訳ないわ。それに、アザだらけじゃない」
「慣れだよ、慣れ。組手なんて最後にちょっとするだけだし」

リツコはとんでもない…といった様子で首をブンブン横に振る。

「し、新東京関連なら私は母がいるし」
「そっか。そだよね」

(加持は…それどころじゃないよね)

「行く」
「え?…でも忙しいでしょ」
「やってみたいさ。男なら憧れる」

即答され、ミサトは困惑する。加持は興味津々といった感じだ。彼にしては異常にテンションを上げている。

「通い続けるのは厳しいが、一度だけでもぜひ」
「そ、そう。いつでも良いから手の空いた日に一緒に行こか」

担任が入ってきた。一時間目は他の担当教科ではない。皆不思議に思い、教科書を広げる手が止まる。

「今日の一時間目は変更してHRを行う」

これは珍しい。周囲がざわめく。とにかく授業が中止になるのは嬉しいものだ。教師が黒板に文字を書いていくのを、ミサトはボーッと見ていた。

'修学旅行'と書かれて行くのが目に入ってくる。

(…そういうのはフツーにあるのね)

旅行なんて当然、行った経験がないミサトは楽しみになってきた。

(何処に行くのかな。でも、今の日本じゃ限られてるよね。もしかして、海外とかかな…)

次の担任の一言で、ちょっとした楽しみが吹っ飛び、ミサトは最低の気分に落とされる。

「今年の行き先は第三新東京。言わずと知れた、次期日本の首都になる都市です」



リツコも加わり、その日は三人で下校した。前に行った、リツコの家の近所のカフェ。そこへ寄る。

「甘いモン食おう。なんにすっかな」
「ここはデザートも充実しているの」
「迷うな…二個頼んじゃおっかな」

本格的なデザートを出す店は少ないし、加持は滅多に行く機会がない。メニューを見る目は真剣だった。

「お勧めはフォンダンショコラ。中のチョコレートがトロトロなのよ」
「…滅茶滅茶それ気分だ」

(…リツコも高いよ。加持はマックス)

新東京に行けるのが嬉しくて嬉しくてたまらないらしい。二人共、ミサトが見た事がない程に浮かれていた。

「パンケーキもふわっふわよ…トッピングはホイップとシロップの組合せが最高なのよ」
「俺、自信ないわ…決めらんねぇ」
「それなら、いくつか頼んで三人で別けましょうよ。ミサトは?」

二人に着いていけない。折角、学校関連でも旅行に行けると思ったのに、よりによって新東京。一番避けたいのに。ミサトは最低の気分だった。

「私なんでも食べれるから。二人に任せるよ」

水をちびちび飲みながらミサトは半ば投げやりに答えるが、二人は全く気にしていないようだ。

「そう?じゃあ決めちゃうわね。飲み物は?」
「…カフェオレ。冷たいの」

目の前に次々に並んでいくデザートを見ると、ミサトもやはり修学旅行の事は忘れかけてくる。とは言っても、その話をするために集まったのだ。

(いいや。今は食べる事に専念しよ)

そうしなければ、加持とリツコの胃袋に全部入ってしまいそうだ。

「ウマイな…この濃厚なチョコ味から出てくる溶けたチョコがなんとも…」
「でしょ?こっちも食べてみて」

(ふんっ。二人共浮かれちゃって)

パンケーキをフォークで乱暴に割ると、ミサトは自分の皿に乗せた。

「葛城取りすぎだ」
「うっさい。それよかちょっと冷静になんなよ」

ホイップをこれでもか、という位乗せて、ミサトは口の中に放り込む。

(…確かにおいしい)

まだ二人が手をつけていないスコーンを手に取って頬張った。



あっという間に全ての皿が空になり、ようやく落ち着く。胃が満たされ、加持もリツコも満足そうにコーヒーを飲んでいる。

「ミサト。何だか不機嫌みたいだけれど…平気かしら?」
「…二人がゴキゲン過ぎるんだよ」
「あら。私だって、単に新東京に行けるから浮かれている訳ではないわ」

自分らしくない姿を見せてしまい、リツコは少々、照れているようだ。わざとらしく真面目な表情をつくる。

「あの建物に浸入するまたと無いチャンスよ。利用しない手はないわ」
「え…そんなコト考えてたの?」

新東京へ行く事自体、一部の人間しか許されていない。確かに可能性が全く無い訳ではないが、あの建物へ見付からずに入り込む事は難しい…ミサトはそう思う。

「当然だろ。そう滅多にない機会だ。逃せないな」

加持もリツコと同じ事を考えていたみたいだ。実際に嫌と言う程、ミサトは通った。それなのに、殆ど建物の事を知らない。分かっているのは、セキュリティが厳しい事くらいだ。

「そりゃそうだろ。まあ、なんとかなるって」

二人もそれくらいは予想の範囲だろう。それを承知の上で言っている。

「かなり難しいんじゃないかな…」

どういう風に忍び込むつもりか知らないが、いくらリツコが優秀で、頭が切れる人間でも限界はあると思う。

「そんなのまだ時間はある。三人寄れば…って言うし。なんとかなるだろ」

(…うーん)

やはり、少々浮かれているようだ。でも、二人がそう言うなら、なんとかなるかもしれない…ミサトな少しだけそう考え始めた。



「本当に良いの…加持の奢りで」
「美女二人を従えて歩けるだけで幸せだ。俺が払わなきゃバチがあたる」

相手に気を遣わせない、加持らしい言い方だ。

「バイト代、結構貯まったしな。ま、金はこういう時使うモンだ」
「ご馳走になるわ。今度は家に来てね。ミサトと」

(たまには私もお礼しなきゃなあ)

いつも加持に何かしてもらってばかりだ。誕生日の時も。

(加持の誕生日っていつかな?)

「ねえ、加持…」

ミサトが聞こうとすると、加持の携帯が鳴る。相手を確認すると、ちょっとごめん…と言い、加持は話し始めた。

「"へ?…分かりました。じゃあ今から帰るんで。わざわざどうも"」

声のトーンから察するに、悪い知らせではなさそうだ。リツコとミサトは目配せしながら頷く。

「決まったんだってさ」
「え?」

振り返った加持は、この上なく嬉しそうだ。

「叔父さんの退院」

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