「それじゃ、お願いね」
「はい」

正直面倒である。入試の成績がクラス一…学年で一番という理由だけで委員長に抜擢されてしまった。もう少し時間が経てば、自分がそんな役目に向いてはいないと周囲も分かると思う。しかし、高校に入学した最初の学期。まだ個々の人格を互いに知るはずもなく、こういった役割は成績の良い人間が適格だという風潮がある。

それまでは然程厄介な仕事は回って来なかった。一学期も終わりに近付くと、自分の性格も周囲に知れてくる。お節介を焼くタイプでも、他人と必要以上のコミニュケーションを自ら進んでとる人間でもない。

当然、大勢の友人に囲まれる高校生活を送っているはずも無い。ただ、それが寂しいかというと、そういった訳では無く、居心地の良いモノだった。自分で造り上げたこの空間…望んで造った場所だから。

(こんな時期に…)

なんだって一学期の終了間際に転校してくる人間がいるんだろうか。大体、高校生で転校する自体、かなり珍しい事だ。それ故に担任の教師も気遣いを見せたのだろう。自分を彼女の案内役というか、世話係を命じたのは、そういった事情だろう。

「あのう…」
「えっ」

そんな事を考えていたら、当の転校生が自分におずおずと話を振る。

「私の事はミサトで」

気付かぬうちに歩調を速めていたらしく、後ろから声が聞こえた。そして、彼女の顔すらマトモに見ていなかった事にも気付く。

(葛城ミサト…だったかしら)

少し頬を染めてにこにこしながら自分を見ている彼女。ミサトで…これはどういった意味なのだろう?

「葛城さん」

足を止めて呼んでみると、彼女の表情が曇る。

(なにか気に障ったのかしら)

授業に遅れてしまう。もう一度彼女に視線を向けて、再び歩き出す。彼女は黙って自分に着いてきた。



教師が心配する事も授業が面倒をみる必要性も無いだろう。彼女だって同じ歳だ。何も分からぬ幼児ではない。トイレの場所くらい、自分で探すだろうし、移動授業の教室が分からないなら誰かに聞けば良い。この学校は女子生徒が少ない。現に私のクラスには三人しかいないのだ。彼女…葛城ミサトが転校してきた事によって一人増えたが。

だから私以外の二人は自然と一緒に過ごしている。そんな状態も悪くない。寧ろ過ごしやすい、自分には。

(彼女も私と関わりを持ちたいとは考えないでしょうし)

傲った言い方ではあるが、自分が生徒だけでなく、教師からも一目置かれている存在なのは事実だ。単に頭脳が良い…それだけの理由で。進学校という事を抜きにしても、この学校の成績至上主義は異常とも言える。

とにかく、勉強面で優秀であれば良い…そういった風習。成績が良いからと言って頭が良い、賢いという事は、必ずしもイコールになる訳では無いのだが。ここではそれがイコールになっているのだ。その風習は疑問に思うが、郷に入れば郷に従え…そう考え、その通りにするのが賢い選択だ。

自分にとって不利な風習では無い。成績順位は公にはされないのだが、クラス委員に指名されるのは、入試トップの人間という事は、知れ渡っている。自分を鬱陶しいと思う人間もいる。成績が全てと考える学校の中でも、特にそれに執着する人間にとっては自分は煩わしい存在なのだ。それなら、私を追い越す為に努力すれば良い話。努力しても抜けないのなら、更なる努力をすれば良いのだ。

高校に入学して三ヶ月。そんな事だけを考え続けていたのだ。

(あの娘も慣れるでしょう)

斜め前に座る、葛城ミサトを見る。期末試験も終了した今、流石にこの学校でも、来る初めての夏休み前に、気の抜けた時間を過ごしている時期。

(…賢そうには見えないけれど)

編入試験をパスしたという事は、成績は良い筈だ。しかし、そんな感じには見えない。良くも悪くも普通の女の子。それが彼女の印象。いくら有名進学校と言えども、中にはこの雰囲気にそぐわない生徒もいる。全員が全員、成績至上主義という風習に馴染むかと言えば、そうでは無い。

多くの人間がいる訳だから個性はある。似たような人間同士が仲間を作り、勉学以外の事を求める者もいる。その辺りは至って普通の高校生だ。ただ、それは男子生徒に限る…女子は少ないのだから当然と言えばそうだが。

そんな中に入り、葛城ミサトはどういった学生生活を送るのか。興味が無いと言えば嘘になる。興味津々という訳でも無いが。

転校初日で緊張しているのだろう。何処と無く落ち着かない様子だ。それに彼女を気にかけるのは私だけでは無い。何人もの生徒が彼女に視線を送っている。ただでさえ少ない女子が、奇妙な時期に現れたなら、注目を浴びるのは当たり前だろう。

休み時間になると、皆遠巻きに葛城ミサトを見ていた。声をかけるのも憚られると、いった雰囲気。居心地悪そうにしている彼女。

(私が話をしてみるべきかしら?)

一応、教師に頼まれたし、緊張した様子の彼女を見ているうちにそうしてみようか…そう思い始める。こういう事は時間が経過するにつれて、し難くなる。実行するのなら早ければ早い方が良い。

「葛城さん」

別に彼女がどうなろうと関係無いが、今の状況なら誰かが切欠を作らないと、彼女は孤立してしまう。自分のように、それを望むのなら良いが、一言くらい話てみても良い…多少の好奇心が芽生えていたのは事実だし。

背後から声をかけると、案の定、一斉の視線を浴びるが、私は気にしない。

「ミサトで良いよ」
「…は?」
「ミサトって呼んでくれれば、その…」

(そういう意味だったのね…)

ミサトで…先程、彼女が言っていた事を漸く理解した。

「それなら、ミサトさん」
「'さん'もナシで」

(変な子ね)

名前で呼んで欲しいと彼女は言っている。しかも呼び捨てで。初対面である私に。これはどういった意図なのだろうか?

「あのう、ところで」
「…何かしら?」
「トイレ、どこかな?」
「それなら、教室を出て右へ。しばらく真っ直ぐに行くと左にあるわ。後ろのドアから出た方が早いわよ」
「ありがと」

葛城ミサトが立ち上がる。私は席に戻った。

(役割は果たしたわよね)

静まり返った教室に、またざわめきが戻る。彼女と私のやり取りを見届け、皆それぞれの休み時間を過ごし始める。

(そんな面白いモノかしらね)

次の授業の準備を始めると、甲高い声が聞こえてきて、今度はそちらに注目が集まる。

「リョウちゃんっ」

目鼻立ちが整った、目立つ女の子…と呼ぶより女性という表現が合う、三年生の生徒だ。恥じる事も無く、手を振りながら加持リョウジ…の名を呼ぶ。

「…ん、おう」

唯一葛城ミサトと私に無関心だったであろう、男子。寝ていたらしく、ノロノロと目を擦りながら、声がした方向…後ろのドアに向かう。

周囲の生徒は彼等から目を逸らし、聞き耳を立て始める。加持は周りの様子等気にする風もなく、彼女と話し始める。

「どうした?」
「会いたいから来ただけ」
「後で約束してるじゃん」
「いーの。ちょっとでも顔見たかったの」

二人の会話が嫌でも耳に入ってくる。恋愛をするのは至極自然で真っ当な事だとは思う。それを否定はしない。ただ、私自身には経験の無い話だから、あまり多くは語らない。

(好みのタイプでは無いわね)

加持リョウジ。同級生の中では飛び抜けて目立つ男。大人びているし、容姿も悪く無い。要領が良く、自信満々としている。他の生徒も、教師も自分とは違った意味で、彼に一目置いている。

(と、言うより近付き難い人よね)

愛想が悪い訳では無い。誰にでも気軽に接してはいる。裏を返すと、誰にも興味が無いからそういった態度ができる…そうとも取れる。

相手に嫌われたく無いから、下手に話せない。関わりを持たない。そうすれば傷付く事はされないし、裏切られる事も無い。

(…彼には関係なさそうな話ね)

自分とは正反対の異端児。異性としての魅力は理解できそうもない。

(変わった人間もいるものよ)

私の母みたいにね…そう付け足す。家に帰ってくる事がほとんど無い、母親。仕事に打ち込んでいる…と言うよりは取り憑かれてるという表現が合う。父親は既にこの世の人では無い。リツコは一人暮らし同然だった。母親が近い将来日本の首都となる、第3新東京で働き始めてからは。

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