眠い朝だ。思い当たる理由は特に無いんだが、強いて言えば、先週まで行われてた期末試験の疲れ。とにかく眠い。サボる事を考えたが、その言い訳すら考えるのも面倒だった。それくらい眠い。叔父に挨拶をしに行って、欠伸をしながら駅へ向かう。次の電車には間に合いそうだ。それなら、走る必要も無く学校に着ける。

回らない頭と体でここまで来たからには遅刻は免れたい。言い訳を考えるのもダルい。

駅に到着と同時に電車が見えてきた。いつもより歩く速度が遅いみたいだ。やはり眠い。二両しか無い列車なので結構混雑している。毎朝の事だけど。電車のドアが開くとノロノロと乗り込み、吊革に掴まった。普段ならしない事だが、降りる駅まで十五分程。貴重な睡眠時間を取るためにした行為。

(…おや?)

ふと、三人分くらい隣に立っているうちの制服を着た女の子が目に入った。俺と同じらしい。吊革に凭れて眠りこけている。電車の揺れに任せて体が動く。居眠り…ってより、熟睡という表現が合う。

何故か一学期も終わりに近い、変な時期に転校してきた子だ。当然、目立つ立場。特に女となると、野郎共の間で話題に上がる。

(しかし、良く寝てんなあ)

気持ち良さそうに寝ている彼女。倒れるんじゃないかと、ひやひやさせられる。横目でチラチラ見てしまう。おかげで俺は眠る気になれない。出勤と通学ラッシュのこの時間だ。寝ている乗客もチラホラいるが、立ったまま熟睡している彼女に俺が目を奪われるのは当然と言えば当然だ。

なにせ、同じクラスだし、相手は転校生。話した事は無いが、ちゃんと彼女が降りるべき駅で目を覚ます事ができるのか心配になってる。余計なお世話だが。

起こしてやれば良いのだが、話した事も無い相手。いきなり話しかける・・・まして寝ている女の子にそうするのも抵抗がある。すぐ隣にいるなら一緒に降りるのも可能だが、微妙な距離がある。

案の定、アナウンスが入っても彼女は起きる気配が無い。もう着いてしまう。どうするべきか悩んだ。そうしているうちに駅に着いてしまった。間もなくドアは開かれる。考えに考え、彼女を起こすという選択をした。

乗客の間を縫って、彼女に近付く。これ自体、なかなか勇気のいる事だ。顔しか知らない女の子に話しかけるってのも。

「葛城さん」

初めて呼ぶ名前に違和感を感じる。しかも、この状況で。

「降りるぞ?」

…まるで目覚める気配が無い。しかたなく彼女の肩を揺さぶる。

「ん…いいの」
「…おい」

うっすら目を開けたと思ったら、また目を閉じてしまう。こうなったら仕方ない。閉まる寸前、俺は電車から降りた。



(こいつは運が良いな)

すっかり忘れてたが、一限目は一学期終了に開催する球技大会の練習だった。これなら俺一人くらい抜けていてもバレないだろう。電車の中での貴重な睡眠時間を奪われたとこだ。みんながいなくなるのを見計らって、教室に戻る。

死角になっている窓際に寝転んで暫しの睡眠を取る事にする。頭の後ろで腕を組み、目を閉じるとすぐに眠くなってくる。陽射しが直撃して暑いが、睡眠欲の方が勝る。うとうとしていたら彼女…葛城ミサトが脳裏に浮かぶ。

(ふあぁ…ま、なんか用でもあるんだろ)

いいのって言ってたんだから、構わないだろう。俺には関係無いし。なんて事を考えながら深い眠りに落ちていく。



遠くからバタバタとした足音が聞こえ、次第に近付いてきたような気がした。ガタン、と少々乱暴に教室のドアが開かれた音がした。こんな事もあろうかと、わざわざ死角を探したのだ。誰だか知らないが、睡眠を邪魔された事に多少不愉快になる。見えないだろうが、呑気に寝ている事もできない。さすがに気になるじゃないか。

「あーあ、遅刻しちゃったなあ」

葛城ミサト、彼女だ。やはり用事があった訳では無いらしい。単に乗り過ごしただけみたいだ。少し頭をずらして声がした方向を見た。辺りをキョロキョロ見渡し、座り込む彼女。

(おいおい…)

目の前で起きている出来事に、文字通り目が釘付けになる。彼女はネクタイを外すと、制服のシャツを脱ぎ始める。確かに教室は男子更衣室を兼ねているが(離れているからわざわざ着替えに行く事は誰もしないのだ)女の子なら更衣室に行くだろう、普通。見た目に似合わず面倒くさがりなのか、遅刻して急いでいるのかは知らないが。

目を逸らせば良いんだが、まあ悪い光景では無い。寧ろ喜ぶべき事だ。自分に無関係である、ただのクラスメートの女の子。その半裸を見る機会など、滅多に無いだろう。しかし、やはり気まずい。俺は目を閉じようと試みた。自己弁護にしかならないが、試みた…そうしようとした事は主張したい。

Yシャツを脱ぐと、慌てた様子でジャージを探している。最初から出しときゃ良いのに…どうでも良い事を思ったりする。そして、俺が目を逸らせなかった理由はこれ。彼女の胸の間から腹にかけて走る傷痕。かなり深い。ちょっとやそっとで残るような傷では無い。

(…珍しい事でも無いか)

二年前に起こった大惨事。それで地球上の半分くらいの人間は死んだ。死は免れても怪我した人間は多数いる訳だ。正確な人数すら公表されていないし、行方不明者も同様だ。

また足音がする。二人か三人、複数だろう。何か話ながらこちら…葛城ミサト(と、隠れてる俺)がいる教室へと、向かって来る。彼女は明らかに動揺している。机の下に潜ろうとしたり、床に這いつくばってみたり、かなり挙動不審。予期せぬ事態になると、人間はワケわからない行動をするらしい。

(げっ…)

目が合ってしまった。デカイ目を更に大きくして口をあんぐり開けている葛城ミサトと。はて、どうすべきか?ぽかんと硬直している彼女。近付く足音。俺が咄嗟に取った行動は、彼女に合図をした事だった。

(お・い・で)

声に出さないように、一語一語大きく口を開いて、手招きをする。何度か瞬きをして俺を見つめる彼女。判断に困っているらしい。そりゃそうだ。今までここに俺がいる事すら知らなかったのだ。いきなり現れた俺にまず、驚く。それに加えて、状況から考えりゃ、一部始終見られていたと思うだろう。服を脱ぐ所から今まで、全部。

いよいよ間近に聞こえてきた足音に彼女は下着だけの上半身を腕で隠しつつ、ドアの方を見る。

(…何やってんだ、まったく)

彼女の手を引っ張り、俺の方へ引寄せる。呆気にとられつつ、言いなりになる葛城ミサト。彼女の体に覆い被さると同時にドアが開く。

(しっ)

人差し指を唇にあてて彼女に指示を出す。静かに、動くな…そういった合図。まあ、言われなくても彼女が動く気配は無い。名前も顔も知らないであろう俺に半裸で上に乗られ、成す術ってモンが無いだろうし。この状況では。

「あったあった、これ」

男の声だ。男子の方が圧倒的に多いから当然だろう。忘れ物でもしたらしく彼は自分の席で何やらゴソゴソしている。そんな気配。直接見ている訳じゃ無い。声と音で判断しているってダケ。早く出てけよ…そう思いながら息を殺す。

「なあ、面倒だからサボらねえ?」

(おいおい)

人の事を言えないのは百も承知だが、厄介な提案をしてくれたモンだ。俺の下にいる葛城ミサトを見ると、さっきと同様で目を見開いて俺を見上げている。教室に入ってきた奴等が椅子を引く音がした。このままでは有らぬ疑いをかけられるだろう。

(動くな、よ?)

そう目で合図をする。どうやら通じたようで彼女は首を縦に振る。

「…なーにやってんの?」

さも今起きたばかり…そんな演技をする。不機嫌な顔をしながら、這いずるように彼等の前に姿を現す。誰もいないはずの教室でいきなり俺の声を聞くと、彼等は驚いてこっちを見た。

「か、加持」
「なんだよ、お前らもサボりか」

俺はこの学校で極めて異端児だと思われているという噂は本当らしい。彼等の表情で分かる。

「なあ、どうせならどっか行かない?ここにいても寝るくらいしかできないぜ」
「い、いや、あの…」
「まあ、俺は眠いんだが」

わざとらしく欠伸をしてみせる。

「さ、サボりなんて…じ、邪魔して悪かったな」

彼等が謝る必要はまるで無いのだが、何かブツブツ呟きながら二人は慌てて教室から出ていく。

やはり、俺は変な目で見られているみたいだ。極普通に暮らしているだけなんだが、勘違いされているらしい。不思議だ。

(助かったけどな)

遠ざかって行く足音が完全に消えるのを見計らい、隠れている葛城ミサトに声をかけた。

「もう大丈夫だぜ。んじゃ、俺も出てくわ・・・早く着替えろよ。また誰か来るかもしれないぞ?」

…返事は無い。さすがに覗くのは躊躇われる。彼女が身を隠している場所に一つ視線を送ると、教室を出た。

(…トイレで寝るか)

居心地抜群とは言えないが、トイレの個室に座って睡眠を得る事にした。




何故あんな行動に出たのか自分でも良く分からない。強いて言うと、転校したてで変人扱いされるのも気の毒…そう思ったってだけ。下着姿で晒し者になれば立派な変わりモンだ。たぶん、それだけ…だ。少なくとも今の時点では。

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