終業式の後、駅へ向かう。約束は改札前だ。待ち人を確認すべく目を凝らすと、葛城ミサトが改札前に立っていた。彼女も俺同様、誰かと待ち合わせ…そんな感じだ。落ち着きの無い様子で辺りを見渡している。

期末の結果やら球技大会やらで慌ただしかったから、彼女との事は頭の隅にはあったが、深く考えていなかった。第一、俺はともかく向こうは気まずいだろう。同じクラスだし、彼女は俺と同じ方角に住んでいるみたいだし、今まで会わなかった方が不思議と言えば不思議だ。

(…軽く挨拶でもしとくか)

挨拶をして通り過ぎるくらいなら、向こうも余計な気を回す必要が無いだろう。後は夏休みだ。暫く顔を会わせなければ、あの時の事も忘れていくだろうし。

…しかし、良く考えてみると文句を言われても仕方ないのか?

(まあ、それならそれで構わないが)

別に彼女はどう取ろうとも、自分に否はないのだ。少なくとも俺はそう考えている。仕方無しにした事だ。気にする必要は無い。と、考えていたらキョロキョロしている彼女と目が合う。何故かほっとした様子の葛城ミサト。

「よ、待ち合わせ?」

何でも無いって感じで、彼女に声をかけてみた。ぱっと、目を見開く葛城。警戒されてしまったかな。なるべく気軽に接したつもりだけど。

「あ、あの…」

横に目線を逸らし、落ち着きがない様子で鞄をブラブラさせている。いかにもウブな高校生って感じ。それが、俺の目には新鮮に映る。

「あ、あのね…この前」
「この前?」
「えと、あのさ…」


下を向いて拳を握りしめている、葛城ミサト。まさか殴られたりするのか?
そう思って一瞬身構える。しかし、思いきった感じで顔を上げた彼女に敵意は感じられない…それどころか、ほんのり頬を染めている。

「ありがと」
「…え?」
「た、助けてくれた…んだよね?」

少し驚く。感謝されるような事でも無い。それにこの状況から察すると、彼女は自分を待っていたのではないだろうか?

「もしかして、俺の事待ってたの?」
「うん、そう」
「それだけ言うために?」
「まあ、そんなトコ」
「学校で話せば良いじゃん」
「…なんとなく話難くて」

(まあ、そうかもな)

何かと目立つ転校生が一応男である俺に話かけるのは、結構勇気がいる事かもしれない。女の子からすれば。わざわざそんな事を言うために、来るか来ないかも分からない俺を待っていたんだと思うと、ちょっとだけ可愛く思える。男ってのは単純だ。

「どう?学校は」
「え、ええと、まだわかんない」
「そりゃそうだな。ま、これも何かの縁だ。ヨロシクな」
「あ、うん」

葛城は俺では無く、俺の後ろを見ていた。その人物に肩を軽く叩かれる。

「リョウちゃん、待った?」
「いや、俺も今来たとこ」

俺の待ち人…一応彼女。入学してからすぐに付き合ったから、もうすぐ三ヶ月。

「あら、転入生の…」

彼女が俺の横に立って、葛城を見る。三年の間でも有名らしい。転校生という存在は、やはりレアみたいだ。

「葛城です。葛城ミサト」

どう見ても自分より年上の女性が現れ、緊張しているようだ。どうしたら良いのか分からない…そんな葛城。

「珍しいわね…私リョウちゃんの彼女なの。同じ学校の三年」

ちょっと驚いている様子だ。無理もないと言えばそうだ。高一の俺と高三の彼女。二つ差のカップルなんて、世の中に腐るほどいるが、この歳で彼女と俺の組合せは、なかなか珍しい。

「それじゃあ、先輩ですね」

この反応は意外だった。大抵の人間は俺達の関係を知ると、興味深々といった目…もしくは彼女か俺を、色眼鏡で見るから。葛城は'関係'より'年上の人間'としか彼女を見ていない。俺達の関係には、無関心…そんな感じ。

「じゃ、行くね。失礼します、先輩」

丁寧に頭を下げてから改札を抜けて行く葛城。もう一度振り向いて軽く会釈までして。

「ウチにする?それともリョウちゃの家?」

(…何なんだ)

他人など、興味無い。俺は俺に好意を寄せて近付いてくる人間だけ…俺の彼女みないなヤツとだけ、関係を深める。それだけで良いと思う。来るもの拒まず…って事。俺に優しい言葉をくれるのは、オスとしての俺が好きなヤツだけ。幸いな事に顔には恵まれている方だ。だから、女に困った事は無い。どうすれば相手が喜ぶのか、自然に身に付けていった。

女に対して余裕がある。余裕を持つと好かれる。好かれると、また余裕が出てくる。連鎖的な事。それを利用しているってダケ。

「リョウちゃん?」

独りも嫌いじゃない。けれど、俺なんかに優しくしてくれる人間を拒む理由は無い。なら、楽しい方を選ぶよな、普通。

「何処でも良いさ。一緒にいれるなら」




彼女は美人だし、俺を必要としてくれている。恋とか愛とかでは無いかもしれない。俺はペットみたいなモン。彼女は俺にエサを与えてくれ、甘やかしてくれて、何でも聞いてくれる。都合の良い、飼い慣らされた動物だ。それに答えてやる。嫌では無い。嫌なら付き合わない。少なくとも。

(…分かっちゃいるんだよ)

彼女は俺だけのモノじゃない。だけど俺が最優先だと思っている。一番なら構わない。例え大勢の中の一人でも。本当はエサなんていらなかった…俺が欲していたモノ。漠然としか分からないが、彼女に求める事は出来なかった。彼女からは貰えない、求めちゃいけない。そのくらいは理解している。


「好きよ、リョウちゃん」
「俺もさ」
「大好きよ」

交わされる愛の言葉。彼女の目にウソは見当たらない。

(…なんでだ)

好きよ、俺もさ…じゃあ何故'俺も'で止めるんだ?俺も'好きだよ'って、言わないんだ?

「リョウちゃんが一番好き」

リョウジ'が'一番好き…二番目も三番目もいるって意味か。

「大好き」

彼女は本気で言っている。今、この瞬間は。けれど、言われれば言われる程、彼女が遠く感じられる。

(…どうでもいいよ)

一見、品のある綺麗な女。中はドロドロだ。貪欲に男を求める。俺と彼女はある意味お似合いだ。

―この虚しさはなんだ?

分かるワケない。俺自身、何を欲しいのか分からないんだから。





男としての俺じゃなく、一人の人間として愛情をくれる唯一の人間、叔父。口数は少ないが、それは伝わってくる。休みは極力叔父と過ごすようにしていた。彼が趣味でしている、畑を手伝う。案外、面白い。彼も嬉しいみたいだ。

「リョウジ」
「ん?」
「お前、友達と遊ばなくて良いのか?」
「友達ってヤツがいないし」

叔父の手が止まる。今の言い方はまずかった。人生で一番楽しい時期であるはずの高校生。友人がいないなんて心配させるだろう。

「ああ、本当の意味での友人って事。遊ぶ仲間ならいるからさ」
「…変わってるな、リョウジは」

叔父はタオルで汗を拭きながら俺を見る。やはりこの人が好きだと思える。そんな表情。

「そうかな」
「自覚無いのか?」
「…あるよ」

暑い。年中夏だから。セミの声が耳に響く。陽射しが眩しくて目が痛む。でも嫌な気分じゃない。こうして叔父と過ごすのは。

「時々家に連れてくる彼女とは会わないのか?」
「受験生だし。遊んでるヒマないんだよ」

'俺と'はね。心の中で付け足す。

「美人だな。リョウジは面食いだな」
「…そういうワケでもないんだけど」

叔父は笑う。俺もつられて笑った。

「叔母さんはどういう人だったの?」
「普通の女だったよ、どこにでもいる女」

遠くを見ながら叔父は言う。俺がこの手の質問…昔の話を聞く事は滅多にない。そのせいか叔父はなんだか嬉しそうだ。無関心なワケじゃないんたが、聞いて良い事か分からなかったから、聞かなかった。

(この人も、もっと俺と話をしたいと思ってくれてんのか?)

「…苦労させたがな」
「なんで?」
「他の女に惚れて入れ込んじまったからな」

なんて答えれば良いのか分からない。大人の話だ。結婚した経験の無い俺が答える権利も無い気もするし。

「平凡な女だったよ」

独り言のように彼は続ける。俺が答えないのが不服なワケじゃなく、答えに窮しているんだと思ったんだろう。

「でもな、失ってから気付いた。どこにでもいるような女だったが、俺の女房はたった一人、あいつだけだったってな」

近すぎて見えなくなっていた。失ってから初めて分かった。叔父はそんな感じの事を言いたいんだろうか?

「難しいよ、人と人の関係は。特に男と女はな」

まだ16の、経験の浅い俺ですらそういった悩みみたいなモンはある。大人になればなるほど、難しくなるんだろうな。

「高校生にする話でも無いな」

喋りすぎたな、そういう感じで叔父は再び作業に戻る。俺も黙って土を耕す。叔父の広い背中は寂しそうだけれど不思議と頼もしく思えた。

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