結局彼女とは別れた。クラスの奴等に言われた事が原因ってワケじゃあない。いや、正直な話それもある。切っ掛けの一つにはなるだろうな。けれど、夏休みの間中会えなかった…会おうと誘われなかった。それは意外と俺にダメージを与えたらしい。

結構本気だったんだよな、俺。

相手は違ったけど。それが分かるから、軽い付き合いのフリをした。俺が熱くなりゃ向こうは冷める。

彼女はそういうヤツだった。

(しゃーねーか)

俺が逃げたから、彼女は追ってきた。泣こうが喚こうが、一度切れた気持は動かない。正直に言うと、多少心が揺さぶられた。だが、どっちみちここでヨリを戻しても同じ事の繰り返しになるのは目に見えている。

案の定、一ヶ月経った今、彼女は同じ三年と付き合い出したらしい。

(他にもいるんだよな)

誰が本命かは知らない。そんな事どうでも良いと思う…思えるようになった。



赤木リツコ。一喝されて以来、何故か逆に親しみを感じた。教室で堂々とあんな行動を取れる女子はいない。

格好いい…と表現すると軽くなるが、その言葉が一番しっくりくる。

たまに、本当にたまにだが、軽い話をするようになった(主に話題は勉強だが)最初は驚いていた周囲の奴等も、今は何とも思わないようだ。

変わり者同士が仲良く(と、までは言えないが)なるのはありがちな事。そんな風にみんな感じているんだろう。

葛城ミサト。彼女も赤木とは結構喋っている。なんでも、担任に彼女の事を任されたらしく、そこは優等生のサガというか、意外に世話好きなのか、何だかんだで赤木は気を配っている。

まあ、四人しかいない女子で赤木以外の二人は入学以来つるんでいる。徒党を組みたがるモンだ。女子は。赤木は自分達とは別世界の人間みたいに感じて、残る二人で一緒にいるという選択をしたのだろう。

「葛城さん!」

授業中に教師が大声を出す。俺も考え事をしていたが、斜め前の席を見ると葛城は名前を呼ばれたにも関わらず、机に突っ伏したままだ。

あれだけ堂々と寝るヤツも珍しい。普通はこっそり睡眠をとるモノだ。授業中は。要領が悪すぎだ。

「か・つ・ら・ぎ、さん!!」

教師が彼女の席に寄っていき、肩を揺さぶる。ようやく頭を挙げた葛城。

「あ、すみません…」

申し訳なさそうな声だが、まだ夢の中といった感じだ。

(良く寝るヤツだよな)

電車の中で立ったまま熟睡していた事を思い出す。

(ヘンなヤツ)

とは言いつつ、気になる。変わりモンは嫌いではない。彼女とも時々話す。朝や帰り道に偶然会うと、一緒に歩く程度だが。

葛城はあまり自分の話をしない。会話の節々から察すると、彼女は両親はいないらしい。そして独りで暮らしている…そういう事が分かってきた。



「加持君」
「よう」

帰り道。背後から葛城に声をかけられる。嬉しくないと言えばウソになる。女の子に名前を呼ばれて、不機嫌になる男はかなり少数派だろう。

俺が足を止めると、彼女は横に並ぶ。それが自然だった。

「おまえ、良く寝るよなあ。いっつも」
「何だか眠いんだよね、ずっと」
「夜眠れないとか?」

葛城は首を横に振る。

「ちゃんと寝てるんだけど」

違和感がある。持病かなんかで、そういう体質…かもしれないが、なんて言うか聞いてはいけない…そんな感じがした。ただのカンだが。

改札を通って電車を待つ。会話はないんだが、気まずい空気ではない。寧ろ居心地が良い。変な気分。たまに横顔を盗み見る。不思議な女だ。

掴み所がありそうでない。だから、知りたくなる。

(ちょっと待てよ…)

女と別れたから次を探すとか、そんな気はない。それに同級生はダメだ。

でも興味深い。あまり他人には関心を持たない自分が、何故か葛城の事は知りたくなる。

親がいない。この時代、珍しい事ではないんだが、この学校では少数派だ。それだけならたいして気にならない筈だ。

胸の傷…あれも死者も行方不明者も未だに多数いる大惨事。負傷した人間だって珍しくはない。

それでも、女の子があんな酷い傷を負っているのは、ちょっと切ない。

「なあ、葛城」

…返事がない。隣の席を見ると、彼女は寝ていた。

これはこれで切ない。

いや、前向きに考えりゃ電車の中で俺の隣で寝ている…心を許されている。そうとも取れる。

(違うんだよなあ)

何処でも寝てるし。俺が特別ってワケじゃあない。

(つーか、別に特別である必要もねぇよ)

我ながら思考がおかしい。でも、電車の揺れに逆らわず頭をゆらゆらさせながら熟睡している葛城を見ていると、ちょっとだけ可愛く思ってくる。

俺の降りる駅が近付いてくる。何だか自分でも分からないが、放っておけないというか、もう少し彼女を知りたいというか、そんな気がしてくる。

「なあ葛城」
「んん?ああ、また寝てたのか」

多少慌てたように周囲を見渡す、葛城。

「俺がいるってことは乗り過ごしちゃいねえって」

やはり面白いヤツ。思わず吹き出すと、彼女は軽く俺を睨む。女の可愛く見える仕草だ。計算していない…と信じたい。

「そっか。そうだよね。ごめん」

素直と言うか、バカ正直と言うか、やはり変なヤツ。

「寄ってかない?」

なんにも考えていなかった。咄嗟に口から出てきた言葉だった。

「へ?何処へ?」
「俺の家」

俺も変なヤツだったみたいだ。言っておくが、下心など全くない。放っておけないと前述した通り。それだけ、だ。

「いいの?」

意外な返事。言いながら断られると思っていた。普通は警戒するだろう。これで(コイツ、俺に気がある)等と思える程、俺もバカではない。

全くそんな素振りはないし、そんなモン一ミリも伝わってきた事もない。

「なかなか友達できないし、誰かに誘われるとかなかったから」

照れたような嬉しそうな顔で葛城は言う。こっちも嬉しいが、男扱いされてないっていう、事実。矛盾しているが、少し悲しい。

「メシくらい出すから食ってけよ」

寂しかったんだろうな。女子は少ないし、赤木とも外で会う程の仲ではないようだ。転校先で、独り暮らしで話相手もいない。同じ状況になった事はないが、想像はつく。

同じ駅で葛城と一緒に降りる。不思議な感じ。彼女は物珍しそうにキョロキョロしている。

「ちょっと離れてるだけなのに、全然違うんだね」
「そうか?まあ、葛城のとこはあまり人住んでないからな」

治安が良いとは言えない場所だ。そこに女の子が独りで住んでいるのも良く分からない。

「あ、ここ。汚いけど。叔父がいるから大丈夫だ」
「いなきゃ何か危険なの?」

…やはり、オトコとして見られていない。忠告するのもヘンだし、ここは黙っておく。

「ただいま」

返事がない。今日は休みのはずだ。彼はあまり無駄な外出はしない。出かけたとしても、仕事のない日は俺が帰宅する時間には戻ってきてくれる。

そういう人だ。

「叔父さん、いないの?」
「みたいだな。まあ、上がれば?」

おじゃまします…と言いながら脱いだ靴をしっかり揃えている葛城。

(へぇ、意外としっかりしているんだな)

わりとこういう行動を取れる人間は少ない。ちゃんとしたした環境で育ったのかな…と思った。今は良く分からないが。

(我ながらちょっと気持ちワルいな)

細かい事を見ているオトコはイヤなモンだ。別に靴を脱ぎ捨てようが、挨拶もナシに人の家に上がろうが気にしない。

ただ、やはりそういう所って見ちゃうモンなんだよな。

「二階行って。俺の部屋」
「あ、うん…」

素直に階段を登る葛城。視線を向けないようにする。意識している訳ではないが、女の子の後ろ姿に俺は弱い。

この時点で意識していない…と言いつつしているんだよな。ただ、葛城だから…という訳ではない。

(ってもな…)

他の女の子なら誘わない。この状況下にいる事で俺は葛城を特別視している。それは否定できない。

でも、前述の通りで変わっているヤツで友人もいない。それに、何だか不思議と縁がある。だから話してみたいと思った。

それだけ。そう思っておく。

「キレイな部屋だね」

部屋を見るとにっこり笑いながら葛城は言う。キレイというか余計なモンがないってだけ。

「適当にすわっていいぜ。なんか飲み物持ってくるから」

下に降りて冷蔵庫を開ける。ペットボトルのお茶とオレンジジュース。二つを手にして再び上に行く。



(…マジかよ)

部屋を見て愕然(ちょっと大袈裟だが)とした。あろうことか、ベッドの上で葛城は眠っていた。

いくらなんでもこれはない。

「おい、葛城」

横を向いて足を縮めてすやすやと寝息までたてている。もう一度名前を呼ぶが、起きる気配はない。

驚きと少しの怒り。それは徐々に消え去っていく。彼女の姿を見ていると。代わりに心臓の鼓動が速まる。

意外に長い睫毛。シャツとスカートの間から少しだけ見える肌。露になりかけている、程好く肉がついた太もも。

これは葛城が悪い。暫く堪能させて頂く事にする。

ヤバそうだ。正直に言うと意識している。俺は変わった人間を好むらしい。これ以上葛城を見ているのに罪悪感を感じ、仕方なく彼女の肩に手をかける。

「起きろって」

ううん…と眉間に皺を寄せて"余計な事をしてくれるな"って態度。手に持っていたジュースを首の後ろに突き付けてやった。

「ぎゃっ、冷たっ!」
「バカか、おまえ。男の家に来てベッドで寝るとか無防備すぎだっつーの。俺だから良いけど」

もし、知らない男だったりしたらどうなるか。あらぬ心配をした。

「ああ…ごめん。失礼だよね」
「そうじゃなくて…」
「眠いの。何でかな」

そんなのこっちが聞きたい。考えを変える事にした。理由はともかく一応忠告はしておこう。コイツは世間を知らなすぎだ。

「良いか?高校生の男なんか隙ありゃ女に手を出すモノだぞ」

多少大袈裟に言っておく。実際、手を出す勇気は結構必要だ。男ってのは臆病なイキモノ。ただ、一部悪いヤツもいる。

「加持君はそんな事しないでしょ」
「"俺は"しないが、他の男は分からないぞ?」
「他の男の人なら来ないし」

ドキッとさせられた。いや、分かる。分かっちゃいる。同じクラスだし男として見られてない。百も承知だ。

だけど乱れかけた長い髪を直しながら体を起こす葛城から視線を逸らす。なかなか色気がある。直視はしない方が良い。

「大丈夫」

何故か葛城が俺の頬を触る。黒い瞳。間近で視線が合う。逸らそうにも逸らせない。吸い込まれそうな、大きな目。

唇が耳元に近付く。俺は動けなかった。大きめな胸が微かに充たる。心臓の鼓動は最高潮に達した。

「加持君ならたぶん一分かからないかな」「え?」

ビビった。顔に似合わず男の扱いに慣れているのか?一分とは、相当な自信だ。ていうか、女子校生の会話じゃないぞ。

「殺すのにね」

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