銀沖

□夏まつり
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その夏はずいぶんと暑かった。
雨も10日ほど降っておらず、農作に関係の無いかぶき町の人間ですらお湿りが恋しく思っていた。
昼間は照りつける太陽を睨むも、今は夜、かぶき町の氏神様のお祭りは、夏の終わり、少し夜が凌ぎやすくなった頃行われる。

銀時はこの祭りを境内の階段横でビールを呑みながら眺めるのが好きだった。
馴染みの姐さん達はお祭り景気の旦那衆のお相手に忙しいので、ビンボーな銀時は大抵一人でいる。
祭囃子に、微かに重なる虫の音が、別世界を上から覗いているように錯覚させる。
煌びやかで、バカなこの世界が、銀時は大好きだった。

ふいに上からポトリと、赤い小さいカケラがビールを持つ銀時の右手に落ちて来た。
寄りかかっていた石垣の上を見やると塀から乗り出してりんご飴に囓りつく子供の姿。
お祭りを夢中で眺めているような、そんな必死な子供は飴を落とした事に気がついていないようだ。
軽く諌めようとして銀時は暫し固まった。

年の頃は14,5だろうか。
蜂蜜色の髪はサラサラでショートカット。
水蜜桃のような頬、形の良い鼻、意思の強そうな眉、りんご飴で真っ赤に染まった小さな口。
そして大きなアーモンドの眼には琥珀が埋まっていた。

〜あらららら
こりゃ滅多にお目にかかれない別嬪さんだわ

「こらこらお嬢ちゃん、飴おちてるよ〜。お兄さんに。」

キョトンと見下ろす、可愛い子。

「あ、ごめんなせぇ、おじさん。」
軽く掠れたハスキーボイス

「いやいや、まだまだおじさんじゃないから。気ぃつけてね」

すぐそばだったら殴ってたかも、は、ないかぁ〜可愛いらしすぎるなぁ〜

可愛いものは人を笑顔にする。圏外の年齢でも、可愛いものは良いものだと、気持ち良く酔っていた銀時はペロリと手に落ちた飴のカケラを舐める。
甘い。りんごの匂いがする。

「おい、誰としゃべってんだ?
行くぞ」

塀の上から若い男の不機嫌そうな声が降ってきた。

「うっせーな、待たせといてその態度はなんですかぃ。
じゃあおじさん、さようなら」

下を覗き込んで、にっこりと笑った。

〜・・・10若かったら、初恋しちゃったかもね

誰かに手を引かれたらしく、視界からサッと消えてしまったその子の事は、りんご飴を見る度に思い出す可愛い記憶となった。
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