銀沖

□お月見
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この夏のうだるような暑さがようやく落ち着いた。お天道様も傾きかけると少しヒヤリとした風もまじりだす。
沖田はふらふらと見回りをしていた。
いつも昼寝する川原を橋の上から見やると、向こうの橋のたもとに、紅く揺れる曼珠沙華を見つけた。
姉が好きな花だが、沖田は嫌いだった。
姉が紅い花を手折って胸元に持つ姿に、何度ドキリとしたことか。
そういえば間も無く十五夜だったかと、数年前のお月見を思い出す。
道場に姉が月見団子と里芋煮を持ってきて、皆で縁側にでて月見酒をした。
ススキは昼間土方を連れて近所のススキ原に取りに行った。
開いている穂はすぐに散ってしまうので、まだ開かない穂を探しに奥まで行って用水路に足を落とし、探しにきた土方になんだかエライ剣幕で怒られた。
滑り落ちるときに足首を硬い草で切ってしまい、土方におんぶされて帰った。空気がヒヤリとしてきていて、土方の背中の暖かさに安心して寝てしまったら、乱暴に起こされて乱暴に手当された。
あの時も土方の背中から、曼珠沙華を見つけていた。

「沖田くん、どしたの?」

曼珠沙華に気をとられて、近づく気配に気づけなかった。
いや、もともと気配を取りにくい銀時に、驚きを気づかれないよう、振り向くと、体温を感じるほどすぐ後ろにいた。

「旦那、お月見が近いですねぃ」

なんというか、銀時と土方は似ていると思う。体格も、ちょっとした振る舞いも。いま自分を肩ごしに伺うような仕草も、よく似ている。違うのは、匂い。土方からはからいタバコの匂いがするが、銀時からは少し甘い匂いがする。昔近藤のちょっと汗臭い胸に頭を預けて眠った記憶が蘇る。心臓の音にひどく安心したが、銀時の胸も心臓の音がするのだろうか。

「曼珠沙華が咲くと、ススキを取りに行かないとね」

上目遣いに振り向く沖田にどきりとする。銀時は跳ねた心臓の音が聞こえてはいないだろうかと少し心配になる。

「あ、旦那ぁ」

はたと眼を見開いて、大きな眼が更に大きくなった、その眼に気を取られて銀時の反応が遅れた。
沖田の右手が伸びて、銀時の左の米神の辺りにさわる。

「ここに立派なススキがありやしたぜぃ」

銀時の後ろからさす太陽は、銀の髪を綺麗に縁取って輝かせていた。少し赤みがかかって見えて、武州の懐かしいススキ原を思い出させた。

髪を触られて完全停止してしまった銀時が、次に動き出した時には沖田の手首を取っていた。
しっかりと筋肉質だが、子供の細さの手首に胸が苦しくなる。

「旦那?」

手首を取ったまま、固まった銀時に沖田が困る。
気安く触ってしまったから、怒らせてしまったかなぁと思う。

銀時が沖田の手を自分の頬に滑らせた。手のひらに頬をすり寄せる。右手が沖田の頬に合わせられた。親指で頬骨の辺りを撫ぜる。そして沖田の目の前で、銀時が沖田の手のひらにくちづけた。

今まで味わった事のない感覚に、沖田の膝は震え出していた。
銀時がこんなに怖いなんて、初めて知った。
沖田は走って逃げ出してしまった。
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