保管庫
□頂き物
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漸く気付いた想い
「うわぁ〜ボクはなんて事を…!」
高校生となった奴良組三代目・奴良リクオは、朝目覚めるなり、唸りながら頭を抱えた。
もうじき起こしに来るだろう側近に、一体自分はどんな顔で「おはよう」と言えば良いのか――…リクオはくしゃくしゃと亜麻色の髪を掻きむしる。
(いや…でもつららにはバレてないわけだし……かと言って、なかったことにするわけには…)
赤くなったり青くなったり、リクオが一人百面相を繰り広げていれば、トタトタという軽やかな足音の後、スパーンと襖が開かれた。
「リクオ様!おっはよ〜ございます、朝―――あれ?起きてますね」
「あっあぁ、おはよ…う」
悩みの種である側近の登場に、リクオが顔を引き吊らせながら挨拶すれば、彼の優秀な側近である女は心配そうに主の顔を覗き込んだ。
「リクオ様、何だか顔色が…?」
「だいじょ――」
大丈夫だから、と、リクオが言い切る前に、極然り気無い仕草で女のおでこはリクオのそれにコツンとあわせられた。
幼い頃から幾度となく繰り返してきたこの行為。今更緊張する行為でもない筈なのに、女のとろりとした蜂蜜色の瞳や、ふるりとした果実のような唇に視線が釘付けになり、リクオは意識する余り、胸がドキドキと高鳴るのを感じていた。
(昨夜、ボクはこの唇に――…)
*
それは昨夜に遡る。
夜姿に変化したリクオは、風呂上がり、ふと喉の渇きを覚えて炊事場へと足を進めた。
誰かいれば冷酒でも、いなければ水で我慢するか、と、リクオが軽い気持ちで炊事場を覗き込めば人の気配がする。これ幸いと足を踏み入れ、
「誰かいるのか?冷酒を――」
と、声を掛けたところでリクオは言葉を切った。
炊事場の奥のテーブルには彼の側近である女がすやすやと眠っていたのだ。
(コイツはほんっと無防備だな…)
屋敷内とは言え、酔った男やこの女に懸想する男に寝込みを襲われでもしたらどうするのだと、リクオは嘆息した。
「ったく、風邪引くぞ」
「んぅ…ぁとちょっと、だけ」
軽く声を掛けるも、全く起きる気配がない。毎日のリクオの護衛や炊事・洗濯・掃除、更にはシマの管理などが重なり疲れているのだろう。それもこれも――。
(オレのため、か……)
この女には足を向けて寝れないな、と、有り難く思いつつ、真っ白な頬っぺたをプニッとつつけば、女は眉を寄せてむにゃむにゃと寝言を言った。その余りにも可愛らしい様子にリクオは笑みを溢し、
「ちょっとだけだぞ」
と、つららの横に腰掛けた。テーブルに頬杖をついて普段はお目にかかれない無防備な寝顔を眺める。
「こんなに疲れて…、いつもありがとな」
頬に掛かる艶やかな濡れ羽色の黒髪をかき上げ、優しく撫でる。その無垢な寝顔はいつまで見ていても飽きることなく、守ってやりたい、と思わずにはいられない。
「……わかぁ…」
頭を撫でるリクオの手が気持ち良いらしく、眠りながらも幸せそうに微笑み、猫のように擦り寄るつらら。
その瞬間、リクオの心臓がドクリと跳ね上がった。
(は?なんだこれ……?)
心拍数が上がり、胸が締め付けられる。自分はどうにかしてしまったのだろうか?大切な側近である筈のこの女に、自分は何故こんなにも過剰反応しているのだ。
「つらら…」
声が掠れる。
胸中を満たす感情に困惑しつつも女の全てが愛おしくてたまらなくて、次の瞬間、リクオは見えない何かに引き寄せられるように女の唇に自らのそれを重ねていた。
初めて味わう女の唇は、ふるりと柔らかく、程好く冷んやりとして――…
「///!?」
リクオは慌てて唇を離した。そして自分が行った行為に愕然とする。
(は?今何を……?)
手の甲を口元にあて、先程の行為を思い出す。自分は眠っている女に、幼少時から世話になってきた女に、大切な側近に―――リクオは激しく動揺した。全身が熱を持ち始める。
リクオは動揺する余り、女を起こしてしまうかもという配慮も忘れ、ガタンと大きな音を立てて立ち上がり、心の中で叫んだ。
(はぁ?オレ、今…つららの許可なく、キス――…はぁああああああ!?)
その物音で女は目を覚ました。
「……ふぁあ…あれ?リクオさまぁ、どしたんですかぁ?」
焦点の定まらない瞳で、舌ったらずな口調で問い掛ける女。今の状況が全く理解出来ないらしく、可愛らしく首を傾げている。
その姿を見て、リクオは思わずこう答えていた。
「何でもねー。つらら、早く部屋戻って寝ろ」
「あっはい………?」
まだ寝惚け眼の女を残して、リクオはその場を立ち去った。真っ赤に染まった顔を俯かせながら。
リクオは悶々としながらも、つらら・青田坊と共に学校へと向かっていた。
中学から引き続き護衛となった彼らは、今やリクオと同様に高校に在籍している。強く面倒見が良い青田坊は最初こそ恐れられたが、今では沢山の生徒から慕われている。そして、つららはというと―――学内屈指の美少女として、学内のみならず学外の生徒たちまでが羨望や恋慕を向ける対象となっていた。
雪の化身なのに、春の日溜まりのように明るいその笑顔。美しく近寄りがたいかと思いきや、明るく天真爛漫、世話好きだけど少しドジで天然な性格――…モテるのも当然である。
漸く学校へ到着し、靴を履き替えていれば、後ろの方からつららの「ひゃあ!」という悲鳴の直後、何かが落下する音が響いた。
これもいつもの朝の光景。
下駄箱を開けた途端、バラバラと零れ落ちた手紙や贈り物を困ったように集めるつららをリクオは横目に見た。
「つらら、モテモテだね」
「ふぇ?そんなこと……私は雪女なのに、みんな変ですねぇ」
「………」
こんな光景、嫌になる程見慣れているはずなのに、今日はいつも以上に面白くなくて、リクオはふいっと目を逸らした。そんなリクオの態度に、つららが不安げな表情を浮かべているのにも気付かぬまま。
昼休みとなり、教科書を片付ける。もうじきつららが迎えに来るであろうと待っていれば、迎えに来たのは青田坊であった。
「あれ?つららは」
「すみません、あいつまた呼び出しで…。先に食べてて欲しいそうです」
「またぁあ!?」
一気に不機嫌顔になるリクオに青田坊も困り顔である。二人は仕方なく屋上に上がり、先に昼食を取ることにした。