小説

□彼女はいつだって
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ほうっと悴んだ両手に息を吹きかけた。
ぶるっと肩を震わせた後、こしこしとさする。ほんの少しだけ温まった気がした。
キョロキョロと辺りを見渡してみる。一体何度目だろう。
人気も無くなった夜の公園の時計台の下には、無論自分しかいない。
しかも今夜は冷え込むようだ。
こんな寒空の下で突っ立っている人間など、恐らくこの街で自分くらいなものだろう。

時計の針はいつの間にか午後11時を回ったようだ。
ぐるりと目線だけで辺りを見渡しながら、“ということは5時間ですね”と呟いてみる。

不安そうな、泣き出しそうな、多様な表情で立ち尽くす彼女を、ひっそりと輝く月だけが見ていた。



=====



「……………っ」
葡萄酒の香りを存分に漂わせながら、青年は街の大通りを全力疾走していた。

様々な飲食店が立ち並ぶこの通りはいつもは夜でも明るい。
だが深夜と表現するに相応しい今の時刻は、ぽつりぽつりと街灯が見えるだけで暗闇と化している。
勿論、人など歩いてはいない。
むせかえる程の深酒をしていたことなど考える余裕も無く、青年はただひたすらに足を速めた。




「…誰、ですか?」
うっすらと灯りが照らす時計台の真下にその姿を確認し、息を切らしながらゆっくりと近づく青年に、恐る恐るか細い声が掛けられる。

ようやく灯りの元まで近づき、自分の顔が照らし出された瞬間、目の前の彼女はパッと顔を綻ばせた。


「……グレイ様!」

「すまん、ジュビア」
すぐさまグレイは頭を下げた。
「忘れた訳じゃなかったんだが…その…、ごめん」

頭を下げたまま言い切ると、頭上から軽い笑い声が聞こえた。

「…良かった。全然来ないので、何か良くないことに巻き込まれたんじゃないかって心配してたんです」
ニコニコと微笑む彼女に、グレイは眉間に皺を寄せる。
「…怒らねえのかよ。はじめての結婚記念日の約束に6時間以上も遅れた馬鹿な旦那だぞ」
グレイはジュビアの手を掴んで両手で包み込んだ。指先は芯まで冷えているようで氷のように冷たかった。

「いえ。何か理由があったんだと思いますから」
「あー、その、悪い。ギルドの奴らに捕まって冷やかされてた。酒勧められて呑んでるうちに、時間けっこう経ってて。後から来たルーシィ達に、ジュビアは?って聞かれてようやく時間に気付いて…」
言い訳を並べる自分の言葉を、ジュビアはにこやかに聞いてくれていた。

「…ほんと、悪かった。約束してたやつ、全部ダメになっちまった」
「いえ。映画もレストランも夜景も、いつでも行けますから」
キュッと、ジュビアが右腕に抱きついてくる。
「それより…、ジュビア、グレイ様に最高のプレゼントを頂いちゃいました」
ジュビアが頬を赤らめて微笑む。
上目遣いで自分を見上げてくる彼女に、大きく鼓動が跳ねたのは上手く誤魔化せているだろうか。

「…最高のプレゼント?」
「はいっ。…ふふっ」
にこにこと微笑む彼女は、俺の右手をそっと自分の腹部へと持って行った。
「今日、お医者様に診てもらってきたんですよ」
「……え。…医者って。……マジ?」
「はい、マジですよ」

腹。医者。プレゼント。
それでこの表情。
…アレだよな?アレしかないよな?

突然のことに俺の思考回路はストップしているようだ。
さっきまでの酔いもどっかへ消え失せた。
無論、夫婦なんだからいつそう言われたって可笑しくはないのだが。

「…グレイ様?」
俺を覗き込むジュビアの目が不安げに揺れた。

「…あー、いや、悪ィ。そんなんじゃなくて」
ジュビアのことだから、きっとまた良からぬ方向へと考えすぎているだろう。
安心させるように頭をポンポンと撫でる。
「驚いただけだ。…もちろん、嬉しいに決まってるからな」

ニカッと口角を持ち上げてそう言えば、ジュビアはまた嬉々とした表情を見せる。


………ん?

「つーか、お前さ、そんな大事な体でこのクソ寒いのに何時間も突っ立ってたわけ?」
ふと思い付いたことを言葉にした。
「…え?…あ、まあ、そうですね」
そんな俺につられて、ジュビアも少し眉を寄せながら答える。

「…ったく、何やってんだよ。お前にも、子供にも、何かあったらどうすんだよ!」
「…っ!確かに、そうですけど…。ジュビアはグレイ様を待ってて…」
「……!!」

そうだ、忘れてた。
コイツは俺との約束でココに突っ立ってたんだった。
悪いのは完璧に俺じゃねえか。

「……すまん」
再度謝り、冷え切った彼女の体を横抱きに抱え上げる。

「ぐ、グレイ様?」
「話は後だ。とりあえず帰るぞ」

これから先、俺が守るべき命2つを両腕に抱き、家路を足早にかつ慎重に進んでいく。

「グレイ様、大好きです」

ぎゅっと俺の首に腕を回し、耳元でジュビアがそう囁く。

(俺もだよ。…いや、俺の方が)

そう思っても口には出せない自分の性格に歯がゆさを感じながら少し口角を上げれば、いつだってジュビアだけは気が付いてくれて、俺に絡める腕を強く回した。



END
=====


未来の話ですみません。
らぶらぶしたのが書きたくて…
 

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