小説[リクエスト]

□おまえを照らす光になろう
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溜め息をついたなどと誰にも気付かせずに、エルザは祝福の拍手を惜しみなく送った。

目の前にいるのは、幼少期からの一番のライバルであり親友でもある仲間ミラジェーンと、その夫であり先日先代からギルドマスターを任されたばかりのラクサスである。
彼らが婚姻したのは随分前になる。
“まだ赤ちゃんが出来ないの…”と、いつも笑顔を絶やさない彼女が、エルザの前で少女のように泣きじゃくったのを貰い泣きしながらひたすら慰めたのもしばらく前だ。
その彼女のもとに、朗報が舞い降りたのは数ヶ月前のこと。まだ安定しないから、と、ギルドメンバーに発表はせずエルザにだけこそっと教えてくれたミラジェーンの顔は、魔人というより女神のように晴れやかで美しかった。

そして本日、随分お腹も膨らんできて安定期に入ったということで、ギルドマスターとその妻から、皆に報告があった。
ギルド内は一気にお祭り騒ぎとなった。

おめでとうミラさん!
やったなラクサス!
やっと出来たのね、良かった〜
ラクサスとミラちゃんの子だ、すげー魔導士が産まれてくるぞ。

様々な祝福の言葉が飛び交う中、エルザは黄金色の酒を注いだ小さなグラスを手に屋上へと上がった。
季節はもうすぐ秋。夜風が剥き出しの肩をすり抜け、震わせる。
しなやかな所作で肩口をさすり、エルザは再び溜め息をついた。

「エルザ?」
「………っ。ミラ、どうした?」
「それはこっちのセリフ。今日はずっと切ないような悲しいような顔をしてるもの」
「ん、そんなことは」
「皆の目は誤魔化せても、私には無駄よ」

そう言うと、ミラジェーンまでもが困ったように笑った。

「すまないな。こんな日にそんな顔をさせて」
「エルザがひとりでそんな顔をするくらいなら、私も一緒がいいわ」
ゆったりとした動作でミラジェーンが手摺にもたれ掛かる。
見れば彼女は薄手のワンピース一枚で何とも心許ない。冷えるのか自身の腕をさすっている。

「こら。妊婦がそんな格好で秋の夜風に当たるな。ラクサスに叱られるぞ」
「…そう、ね」
戻るわね、と言い数歩足を進めた後、ミラはくるりと振り返った。

「何でも相談して?私だって、あなたの力になれるかもしれない」
そう言った顔に以前魔人と謳われた面影は全くなくて、ただただ自分を心配する優しい旧友の、泣きそうな程の笑顔だった。


ミラが去った後、紅の髪をそよがせながらエルザは夜空を仰ぎ見た。
こんなにも美しい満点の星空を見ながらも思い出すのは、自分とは対称的な髪色の彼のことである。
どんなに会いたいと願っても、此方からは会うことは出来ない。何処にいるのかもわからないのだから。

先程のパーティーでの旧友を思い出す。
夫に肩を抱かれ、お腹をさすりながら幸せそうに微笑む彼女。それはエルザも願ったこと。ミラにはもちろん幸せになって欲しかった。

2人を祝福するギルドの面々。
ナツとルーシィは1人娘を抱えながら3人で喜び盛り上がっていた。
グレイとジュビアは、すでに寝てしまった2人の息子をそれぞれ胸に抱きながら、やはり自分のことのように喜び、ジュビアに至っては涙していた。
ガジルとレビィも同じく、まだ幼い娘を抱きながら拍手を送っていた。

決して口には出さないが、夫に愛されている彼女たちを、ただ羨ましいと思う。

「わたしも、」
そう口にしたら、鼻の奥がつんと痛んだ。頬に温かいものも伝った。
一度決壊するとそう簡単には止まらず、次から次へと溢れてくる。

その場に崩れ落ちると、声を押し殺すのも忘れて泣いた。
この満天の星空が、自分の密かな思いを叶え浄化してくれることを、微かに願いながら。



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