小説[リクエスト]

□キスから始まる夜は長い
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「グレイさ、ジュビアのこと嫌いになったの?」

訳も分からぬままカウンター席で夕食を頬張っていると、背後からそう囁かれた。
「……んなふうに見えるか?」
「いいや全然」
振り向きもしないままそう答えてやれば、食い気味でさらりと返される。
「…でもあの子はわかってないよ」
「?」
「ジュビア。キミに嫌われてるって泣いてたよ?」
「…はあ?何でだよ!」
「グレイが自分に触れてくれないってさ」
「…………っ」
押し黙ったままいると、ロキがまたしてもやれやれといったふうに苦笑した。

「…僕は何となくわかるけど。君がジュビアに冷たくなった理由」
「ばっ…、つ、冷たくなってなんか、ねーよ。むしろ…」
「んー?」
そう、冷たくしているつもりじゃない。彼女のことをこんなにも愛おしく想っているというのに。

「………………」
「………はあ」
少しの沈黙の後、ロキの小さな溜め息が聞こえた。
「僕しか聞いてないんだからさ、今くらい正直に言えば良いじゃん」

“欲情しちゃってしょうがないんでしょ?ジュビアに”
ニヤリと嗤ってロキはそう言ってのける。

「………そう、だよ」
「あ、やっぱり。彼女なかなか仕掛けて来るもんね〜無意識に」
今度はクスクスと笑いながらそう言ってきた。


そのとおりだ。
あいつは何にも判っちゃいないが、自覚もなしに男の本能を強烈に叩き起こしてくるからたちが悪い。

朝一番から俺の周りで甲斐甲斐しくお世話をしてきて、“グレイ様グレイ様”と呼びながら花のようにニコニコと微笑みかけてくる。
たまに俺が優しい言葉でも掛ければ、たちまち顔を赤く染めてもじもじし出す。
激しい戦闘の中にいても、常に俺の身を案じてくる。「俺がお前を守りたいんだけど」って呟けば赤面してあわあわする。
負傷した彼女を抱き上げれば“グレイ様…”などと呟きながら困ったような嬉しいような顔で頬を緩ませる。
寮への帰り道、俺の手ではなく裾をクッと掴み、上目遣いで目には涙を浮かべて何かを訴える。
ーーまだまだ思い出しきれないほどあるが、そんな本当に些細なことひとつひとつに俺の心臓は激しく高鳴っている。

何よりも愛おしいと思うようになった恋人になりたての彼女に、触れたくなるのは男の性として当たり前だと思う。
だが気持ちが膨らむばかりで、今彼女に触れてしまえば自分はしっかりと理性を保ち続けられるのか分からない。
大切な彼女を無理矢理怖がらせるようなことになりでもしたら、といつも考える。
そのため手を繋ぐだとか、肩を抱くだとかそういった恋人同士なら普通にやってのける行為さえもグレイは無理矢理に抑え込んでいた。
本当はその柔肌にずっと触れていたいと誰よりも思っているのに。


「…それでジュビア悲しませて泣かせてたら、元も子もないんじゃないの?」
「……………」
「彼氏から触れてももらえない、なんて僕が女だったら耐えられないけどなぁ」

ちらっと横目でジュビアを見る。
ルーシィやカナに囲まれて何やら言われているようだが、とうの本人は悲しそうな憂いを帯びた目で俯いている。

「……ロキ。お前がさっきジュビアに迫ってたのって」
「ああ。発起剤になればなぁ、と思ってね」
だって僕がジュビアにキスしようとしたとき、むくむくと嫉妬心が湧き上がったでしょ?と言って目の前の星霊はパチンとウインクした。
「…ん、そうだな。もう我慢はやめだ。どうなっても知らねーからな」
すっと立ち上がり歩き出す俺の背に「僕じゃなくてジュビアに言ってよね」と小さな抗議が聞こえてきた。



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