GIANT KILLING

□新監督の考えは、
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「今日は、一段と騒がしいな」


記録を取っていた私は手を休めて、グラウンドの外を見るドリさんこと緑川さんの視線を追う。
グラウンドの外で、後藤さんに何やら騒ぎ立てるETUのサポーター達。騒ぎ立てる理由は、知っている。
達海さんが帰ってくるからだ。


「達海さんが、監督として帰ってきますからね。“裏切りもの”が、帰ってくるなんて許せないんですよ」
「なんだか、いつもより厳しいな、洸ちゃん」


それは仕方ないですよって言えば、そうかと返事が返ってきた。
政先輩んの事だから、何かしら抗議に来るかと思ったけど、まさか【裏切り者は出ていけ】と書かれている横断幕に、私は少なからずショックだった。


「(あの人は、決して裏切りものじゃないですよ。先輩…)」


ぽすん、なでなで。


「ドリさん・・・?」


一瞬、何をされてるか分からなかったけど、大きな手で撫でられている事に気づく。
あまりの事にビックリして、ドリさんを見上げれば、ニッコリと微笑んでいた。


「そんな顔してたら、皆が心配するぞ?」
「そんな顔?て、どんな顔?」
「今にも泣きそうな顔」


え?と言う前に、大きな声にビックリする。


「村越さーーん!今年もETUを頼みます!!」


その大きな声は、ETUのサポーター達の声だった。
そんな声をもろともせず、黙々と走り込む村越さんは、ここ(ETU)に十年もいた人だ。
村越さんの実力なら、他のチームへ行けるのに、たくさんのオファーを断ったんだ。


「(ETUに居続ける理由は、いろいろあるんだろうな…)」


でなければ、こんなにも長くはいないだろう。
チームを深く想って、十年もいる選手は、きっと何処を探してもいないと思う。
私は、そんな村越さんを誇りに思うし、尊敬している。


「ドリさん、」
「ん?」
「このチーム、変われるでしょうか」


私の言葉に、目を丸くするドリさん。
けれど、すぐにいつもの余裕な微笑みに変わった。


「変われるよ。なんたって、あの人が、監督として帰ってくるんだから。それに…」
「それに?」
「洸ちゃん、すごく楽しみにしてじゃないか」


達海さんが、考えるサッカーが見れるって。
楽しそうに笑って言ってたよって。
これもまたドリさんも楽しそうに笑って、そう言った。
そんな事言ったっけ?と、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。


「…そうですね。弱気に少しなってました」
「俺には、サポーターに、ご立腹に見えたけど?」
「それは、政先輩達が悪いんですよ!」
「政先輩…?」
「あ、いえ。こっちの話です」


なんてやり取りしていたら、松さん達コーチがやってきた。
集合、と声が掛かり、ウォーミングアップしていた選手達が、松さんの所に集まり出す。
私は、松さんの後ろへと足を進める。


「えーと、監督が来るまでの間、それぞれのポジションにわかれて、30Mダッシュしてもらう」


松さんの「来るまで」の言葉に、選手の空気がざわめく。
今ここで、監督の登場だ思っていたのは、選手皆と私だけみたいだ。


「タイム計るからな。真剣に走ってくれよー」
「ウィース」


松さんの掛け声に、選手達は指定された場所へぞろぞろと歩きだす。


「洸ちゃん」
「なんでしょうか?」
「はい、これ」


何をしたらいいか聞こうと思った矢先に、金田さんに呼ばれて振り返ると、タイムウォッチと記録の紙を受け取った。
ああ、なるほど。


「選手のタイムを計りながら、記録を書いてってくれないか」
「分かりました」


言われた場所へ向かい、松さんのスターの合図で選手の30mダッシュが始まった。
一組、二組と走り終える選手達の記録をとっていく。


「(あ、椿君だ)」


紙に書かれている、ある名前に気付く。
この子は確か勝野さんに、見いだされてここに来たんだっけ。
あまり話した事がないけれど、皆が帰った後、ボールを蹴ってるのを、よく見る。


「(すっごい楽しそうにやってるから、なんだか話しかけずらかったんだよねぇ)」


小さな子供のようで、見てるこっちも楽しくなるような、そんな感じ。
そう言えば一回だけ、見てるところを見つかったんだよね。
あの時は、今まで見事に決めてたゴールだったのに、何故か全部、ゴールを外しまくってた。
面白いぐらいに。

椿くん、すんませんって何度も謝ってたけど、椿くんが謝る事じゃないって。
私が邪魔しちゃったからって。
そう言って、その場を去ったけど、それからは練習してる椿くんを見かける度に、こっそり盗み見てるのは、ここだけの話である。


「て、お?」


そんな事を考えながら、タイムを計っていたら、椿くんの早い記録に驚く。


「(へー、勝野さんが、スカウトしただけあるなぁ)」


レギュラーじゃないのが惜しいぐらいかも。
なんて思っていたら、何やらブーイングが聞こえる。


「松さんが、いいって言うまで、やるんだって。」
「え?そうなんですね」
「監督の指示みたいだよ」
「あー…あの人らしい考えかも。」
「…監督とは、親しいの?」
「親しいと言うか、昔っからのファンだったし、何度話す機会があったので、それで。」


ああ、なるほどね。と納得する金田さんと、私は、早速また選手の記録に取り掛かる。
何度も繰り返されるダッシュに、選手達に疲労と、苛立ちが見えてきた。


「あっ!!」
「!!」
「見ろ!」

ようやく出てきた新監督に、周りがざわつき始めた。


「おい!」
「!!」
「出てきやがったぞ!!」


急激に変わった空気に、私の中に緊張が走る。
外側の殺気が怖いと思いつつ、呑気にサンドイッチを、頬張る達海さんに、私はただ笑うしかなかった。





「達海猛!35歳。今日から君らの監督だ」





「仲良くするように。以上」





あぁ、本当に帰って来たんだ、あの人が。
まるで夢を見てるようで、気持ちがフワフワする。
本当にこの日を楽しみに待っていた私は、この先、ETUに、いろんな試練が待ち受けているかなんて、想像だにしていなかった。





新監督の考えは、
「洸!」
「は、はい!?」
「なんで、起こしに来なかったんだよ」
「……え?」
「洸が、起こしに来なかったから、有里にめっちゃ怒られたじゃん」
「な!?起きない達海さんが悪いじゃん!!」
「俺は悪くありません」
「それは達海さんが悪いですって。それに、起こしに来てっていうお願いされてませんから、有里ちゃんを怒らした責任は、私にはないです」
「そんなすっぱり言うなよー、こう見えて俺ガラスのハートなんだぜ?」
「はいはい、そうでしたね」
「後藤!洸が、昔より冷たい!」
「はは。十年経てば少しは変わるんじゃないか?」
「お前もなんか冷たい!なんでだ!」


「なんか、おもしろい監督だな」
「俺、あんなにはっちゃけてる洸さん、初めて見た…」
「俺も…」


END...

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