きみとみる世界
□偶然か、必然か
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「…、…。」
カノコタウンという小さな町の、大きな権威を持つポケモン研究所前。
ルーナはその扉の前で鉢合わせた人の顔を凝視していた。
当然、相手の端正な顔が少し傾いでいる。
全体的に赤い服装
さらさらストレートな短い黒髪
帽子の鍔の下に見える赤の眼
そして、肩で主人と同じように不思議そうな顔をしているピカチュウ。
間違いない。
ルーナは確信する。
(夢の、あの人――)
さて、どうして私がサンギタウンから離れたカノコタウンにいて、あの人の前で突っ立っているのかというと、話は昨日まで遡る。
‡‡‡‡‡‡‡
「ポ、ポケモン図鑑を、ですか!?」
「ああ、そうだ。ルーナは持ってなかっただろう。
まだ若いのに、こんな町でもう大人しくしてるなぞ、勿体ないからのう!」
お茶の入った湯飲みを片手に、アデクさんは豪快に笑う。
向かい合って座っている私にとっては、全く笑えない。
いや、とても嬉しい話が来ていることは確かなんですが…。
「やりたいことがない。そうお主の母君から聞いてな。
丁度、アララギ博士がポケモン図鑑を託す人材を探しとる。
図鑑を埋める為に、もう一巡りすれば、また新たな発見もあるだろう。」
母さんはアデクさんとほぼ入れ違いに買い物に出たのでこの場にはいない。
『やりたい事がない』というのは、イッシュ中の旅を終えてしまったあと、もう一年近く外に出ない私に対し投げ掛けられた、もう旅には出ないのかという質問の答えだ。
ミュージカルにはあまり興味がないし(それだったらホウエン地方やシンオウ地方にあるポケモンコンテストの方が興味がある。)、バトルだって、私と同等に戦えるトレーナーなんていない等しい。
目の前のイッシュリーグチャンピオンと、サブウェイマスターの双子はちょっと別格だとして。
「でも、アデクさん。ポケモン図鑑を頂けるのは嬉しいんですけど…。
その、私なんかがいいんですか?」
ルーナにはポケモンの捕獲欲が皆無と言って良いほど無い。
手持ちの相棒たちは、ロル以外みな何らかの特別な事情によりゲットされたポケモン達なのだ。もし何もなかったら行けるところまでリュカ一匹だったろう。
そして唯一普通に捕まえたロルも、実はポケモンを捕まえる練習として捕まえられただけという話だ。
そんな自分がポケモン図鑑を任されても、とルーナは困惑してしまう。
ルーナの『やりたいことがない』という話と、アデクの言動から、つまりポケモン図鑑を埋める事を目的として、もう一度旅に出たらどうかという誘いなのだろう。
「俺はお主が適任だと思うがなあ。
思うに、お主には出会いが足りんのだ。人にも、ポケモンにも。人に対しても、自分から寄っていくことは殆どないだろう?」
「うぐっ」
確かに私は人とのコミュニケーションが苦手だ。
けして人嫌いだとかそういうことでないのだが、なんというか、何を話したらいいか分からない。
結果、友達がいない・作れない
痛いところを点かれて、ぎくりと肩が強ばったのを誤魔化すように、湯飲みのお茶を啜る。
ていうか、よく見てますねアデクさん…
確かにご近所で、町中で互いに姿を見ることは多々あるけれど、一体いつそこまで細かく見たのだろう。
「まぁ無理に、とは言わん。アララギ博士からは俺から言っておくから、もし行く気になったら、一週間後の午後一時くらいに、カノコタウンにあるポケモン研究所を訪ねるといい。」
ぐいー、とお茶を飲み干して、アデクさんは椅子を立った。
「さて、そろそろおいとまするとしよう。たまにはポケモンリーグにも顔を出すのだぞ!四天王も最近は退屈しておるから、バトルで喝でも入れてやっとくれぃ!」
ハッハッハ、と豪快に笑いながら、アデクさんは帰っていった。
一気に静まりかえった居間で湯飲みや急須を片付ける。
「…ポケモン図鑑を埋める旅…か…。」
「リュー。」
ポツリと呟いた言葉に、相棒のリュカが優しく鳴き返してくれる。
じっと見つめてくる目は、私の背中を押してくれるかのようだ。
なにより、きっと、リュカも外に出たいのだ。
リュカだけではない。他のポケモン達も、引きこもっていた私と一緒にいてくれていたけれど、本当はいろんな所に行きたかったのだろう。
腰のボール達が、期待するかのようにコトコトと揺れている。
この子達が望むのならば、私の選択は1つしかない。
「うん。それじゃあ、またみんなで旅に出よっか!」
「りゅー!」