きみとみる世界
□見失えないもの
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「さあチャオブー、すぐに終わらせてあげようね!
火炎放射だ!」
「ぶー!」
バトルの幕が上がった。
チャオブーの口から赤い炎が放たれ、一直線に正面のツタージャへと走る。
熱気を撒き散らしながら迫り来る炎を前にして、リクは必死に怯えを捩じ伏せていた。ルーナの指示を待ち、踏ん張りながらまっすぐに炎を見る。
「ツタージャ、みきり。」
「ツタ!」
紙一重に攻撃をかわした、ツタージャの頬にかすった火の粉。
これが、トレーナーのポケモンとの戦いを、リクが初めて身に感じた瞬間だった。
ちらりと主人を見ると、気が付いて目を細めて笑いかけてくれる。
《大丈夫。私がちゃんと守るから。》
頭に響いた言葉に、リクは先程より強い気持ちで目の前の相手に向き合った。
そうだ、彼女を信じよう。きっと、自分に何かを学ばせようとしてくれているのだ。
ルーナの指示を確実に実行できるよう、リクは集中力を高める。
そして、第一撃をかわされたお坊ちゃんは面白くなさそうに顔を歪ませていた。
「…ふんっ!だが見切りは連続ではほぼ無理だ!もう一度火炎放射!」
「ツタージャ、横にかわして。」
今度は見切りを使わずしっかりと避けてみせた。
本当の意味で火炎放射を見切ったツタージャは、続くルーナの指示でチャオブーの懐へと飛び込む。
素早い動きに戸惑ったチャオブーを尻目に、リクは体を捻る。
「足を狙って、叩きつける!」
「タージャッ!」
蔓のスナップと回転が効いた一撃が決まり、バチィンッ、という音が会場中に響き渡った。
ツタージャの攻撃がどんなに強力なものかを物語るその音に、人々は体を震わせる。
そしてもう誰しもが、このバトルの結末を見たがり、身を乗り出し見入っていた。
体重を支えていた足を痛めつけられたことによって、バランスを崩したチャオブーへと、ルーナは容赦なく攻撃を叩き込ませる。
「ツタージャ、しめつけて。
それから蛇睨み!」
ギリギリと蔓に巻かれたチャオブーの体が浮き上がる。
動きを封じられたチャオブーに、蛇睨みをさける術はない。
鋭い眼光に畏縮し、麻痺状態になったチャオブーは、もう思い通りには動けなくなる。
あっという間にフルボッコまっしぐらな戦況に追い込まれたお坊ちゃんは、ツタージャごときがここまでやるのかと驚いていた。
驚きは狼狽えに変わり、焦りはポケモンに影響し、さらにその動きを鈍らせる。
「チャオブー、ニトロチャージだ!!はやく、はやくやれよっ!!」
指示通りに技を出そうにも、蔓の締め付けと、蛇睨みを受けて麻痺している状態ではとても動けはしない。
「ツタージャ、もう一度叩き付ける!」
「ツタ!」
締め付けていた蔓をほどき、一旦距離をとるリク。
これ幸いと、懲りもせず放ってきた火炎放射を軽々と避けて、リクは蔓を振りかぶった。
再び、チャオブーの体が蔓に弾かれる音が響く。
吹っ飛ばされたチャオブーは光の壁に叩き付けられて、そのままうつ伏せにコートへ落ちた。
「チャオブー、戦闘不能。
よって勝者、サンギタウンのメル!」
少しの静寂の後、歓声が空間を包んだ。
先程まで散々ルーナの陰口を叩いていたトレーナー達が、信じられないという顔をしながらも、惜しみ無い拍手を送り、勝者を褒め称える。
レッドもぱちぱちと手を叩きながら、ツタージャを抱き上げ笑うルーナを眺める。
片手のポケギアを見れば、バトルの一連の流れはたったの5分弱。
トレーナーの力量でポケモンバトルがどう変わるか、よく分かるバトルだったと言えよう。
『まあ、当然の結果か。リクのことも、これから期待してよいと見た。
ソラは抜かれぬよう、一層の修練に励めよ。』
『分かってますよ。俺も、早くご主人に認められたいですから。』
ぐっと、ソラにも気合いが入る。
丁度こちらを見たリクと目が合って、どちらともなく、笑みを深めた。
――お互いに、負けられない。
ほんの5分程前まで鼻で笑い、自分より弱いとバカにしていたトレーナーにあっさりと敗北したキミオは、呆然と床にへたりこんでいた。
しかも、自分のポケモンと同じく御三家の一匹。タイプ相性も能力も、明らかにこちらの方が上で有利だったのに。
負けた
プライドをズタズタに引き裂かれたキミオは、ギリ、と歯ぎしりをする。
こんなことあるはずがない。
そもそもチャオブーが二度目の火炎放射を外しさえしなければ、とっくに勝てていたんだ。
しかも、蔓を振りほどく為にニトロチャージを命令したのに、こいつは実行しなかったじゃないか。
ボクは悪くない。悪いのは、負けたのは、全部――
【いやあ、素晴らしい戦い方でしたね!!正直、新人とはとても思えませんが、実際どうなのでしょう?】
「えっと…新人ではもうない、と思います。ただのポケモントレーナーですよ。」
興奮冷めやらぬ声でインタビューを始めた司会者が向けたマイクに向かって、ルーナはそう言った。
観客の注目は全てルーナに集まっていて、いまだコートの上でへたりこんでいるキミオには、誰も気を止めない。
その事が、更にキミオを苛立たせた。
「チャ、ブー…。」
漸く麻痺から解放されたチャオブーはゆっくりと立ち上がり、項垂れた主人を元気付けようとその背に触れる。
しかし。
「っ、触るな!!!!」
強い拒絶の言葉と共に、キミオは思い切りその手を振り払った。
ぽかんと固まったチャオブー。
とうとうキミオは、溜まった怒りを爆発させ怒鳴り出す。