きみとみる世界
□起こすな、危険
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再び歩き始めてから、時計の針が一周した頃。
もう何度目か分からない内壁に出たレッド達は、赤く染まった空にため息をこぼしていた。
地平線に近いところは既に群青色に染まっていて、夜の訪れが近付いているということは容易に分かる。
決して道に迷ったのではない、この洞窟が長すぎるのだ。
夕方には出られるだろうという予想は大きく外れてしまった。
「今日は流石に野宿っすね。」
「だね。明るい内に、休めそうな場所探そう。」
旅慣れた者達はこういう決断が早い。
さっさと洞窟の中に戻り、手頃な石を拾いながら程よく壁と岩に囲まれたような場所を探す。
その際、うっかりと野生のポケモンのねぐらに入ってしまうと大変なので要注意だ。
そしてこの洞窟で最も注意すべきポケモンは、夥しい数の集団で襲ってくるアイアント。
動きが非常に素早いので、人の足のみで逃げ切ることは、まあ、無理。
アイアントを餌とするクイタランでも棲息してくれていれば楽なのに、と思いながらも、実際に野生のクイタランの食事を目の当たりにしたことがあるルーナは、それを本心から願うことはとてもできなかった。
生態系や、ポケモン界での食ったり食われたりという関係について重々理解はしているつもりだが、やはり目の前でアイアントが中身を食べ尽くされる光景は、軽いトラウマになってしまっている。
バトルサブウェイの双子はアイアントを出すことがあるが、もし相手がクイタランを使ってこようものなら、そのまま餌になってしまうんじゃないかと心配になったこともあるくらいだ。
まあ、鍛え抜かれた彼らのポケモンが、そんなアッサリと餌になるはずもないが。
そんなことを巡らせているうちに野営の場所は決まり、レッドはリュックから取り出した固形燃料に、リザードンの炎で火を着けていた。
洞窟の中に木なんて生えていないので、火を起こすためには固形燃料が必須なのだ。
最悪ただのランプでも問題はないが、木の実や携帯食料をちまちまとかじることになる。
久々の野営だし、今回は人間が自分一人ではない。
少し頑張ってシチューでも作ろうかとルーナは考えたが、無駄だった。
というのも、洞窟内キャンプのエキスパート、いや洞窟内キャンプマスターのレッドが、既に大量のインスタント食品を広げていたからである。
「すっげー、流石は三年もの間シロガネ山の洞窟で暮らした生きる伝説。」
「カップラーメンカップ焼きそばカップうどんにそば、レトルトカレーとスープの元と……え、お米と野菜炒めのレトルトもあるの!?
ほえ〜、初めて知った…。案外と何でもレトルトってあるんだね。」
「…好きなの、選んで。」
言いながら、"赤いロコン"うどんを手にとったレッド。
続いてヒビキは"サットヌードル"、ルーナは"緑のオタチ"そばをもらうことにした。
沸騰した水の水蒸気のせいでカタカタいっているやかんの音を聞きながら、三人でずるずると麺を啜る。
ポケモン達が互いに話しながらポケモンフーズをさくさくしている傍ら、彼らの主人達のなんと静かなことか。
普段に輪をかけて喋らないレッドに、食べている間は口を開かないルーナ(食べるのに夢中になっているわけではない)。
唯一喋るのはヒビキだが、そのヒビキも二人があまりにも無言なので、話し出すのが憚られるという有り様だ。
傍目から見れば何ともぎすぎすしたような空気に、リュカとオーラとピカチュウ、そしてマリルリは顔を見合わせる。
『あら…ヒビキ、やけに静かになっちゃったわね。』
『きっと、ヒビキ君はお二人があまりにもお話しないので、口が開きにくいんだと思います。』
『何だか、仲が悪いみたいな感じの空気だね…。』
『少なくともルーナは、話すタイミングを窺っているようだがな。』
ポケモンフーズを飲み込んで、オーラはルーナを見た。
一見淡々と食べているように見えるが、ちらちらと両サイドの二人の様子を窺っている。
どちらかが喋ってくれるのを待っているというより、いつ喋ればいいのか迷っている、といった感じである。
やがてこっそりと眉を下げ、沈んだ表情を隠すようにスープを飲み始める。
レッドはそれを横目に見ながらバッジを磨き、ヒビキは食後のデザートにモモンの実をぱくついていた。
「…、ごちそうさま!ありがとうレッド。」
努めて明るい声を出して空になった容器を置いたものの、レッドは小さく頷いただけ。
そんな反応には慣れていたが、やっぱり戸惑う。
(こういう空気の時って、どうしたらいいのかな…。無理に盛り上げようとするより、私もおとなしくしてた方がいいのかな?
でもなんか……、いたたまれないというかなんというか…。)
ぐるぐると身の振り方を考えながら、ゆらゆらと揺れている炎を眺める。
対照的に、和やかかつ楽しそうに何かを話しているポケモン達を微笑ましく思いながら、ルーナはふと斜め前方にある岩を見た。
焚き火が照らす範囲の境界線あたりに転がるその岩の影に、何かが居たような気がしたのである。
(気のせい、かな。)
丁度その近くには、ピカチュウとリュカ、ドレディアがついさっき仲間になったフリージオと何やら話している。
あの二匹が何の反応も示していないということは、やはり気のせいか。