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□内情アンビヴァレンス
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寝てる間、鼻呼吸ではなく口呼吸をしていると口内が乾燥する上に、次の朝には喉がガラガラになってしまう。さらには目に見えない菌やら埃やらが無遠慮に浸入してくるので衛生的にもかなりよろしくない。
それにも関わらず、戦士ロスの肩に凭れた状態で勇者アルバは大口を広げて眠っていた。
全てのものをみてやろうとばかりに輝く瞳は閉ざされ、今は夢の中にある。時折だらしなく開いた口唇が緩んでいるから、きっと見ているのは良い夢だろう。
安心しきって完全に弛緩した四肢が何よりもその証拠だ。
しかしそれにしても、よくもそんなに無防備に寝れるものだとロスは思う。
全く犬や猫でさえ少しは警戒するというのにこの人といったら。警戒心の欠片も微塵と感じさせないのだから、見ているだけで呆れてくる。
ロスは何の気も無しにアルバの口唇へと手を伸ばした。
唐突に、前触れもなく。
ただ何処か本能的に触れた。
指先でそっと形を確かめるようになぞる。フニフニとした柔らかい感触は勇者といってもまだ子供であることを改めて認識させ、何とも言えない背徳を覚えさせた。
「―勇者さん…」
どうして自分はこんな思いに駆られているのだろう。
何故、アルバのことを苦し気で今にも泣き出しそうな声で呼んだのだろうか。
分かってはいた。
心の奥底に黒く渦巻いている激しい感情が潜んでいることも。それが憎しみによるものなのか、はたまた愛情によるものなのか、も。 ただそれが何なのかずっと分からないフリをしていたかった。
だって、有り得ないだろう。
今まで自分が小馬鹿にし続けてきたヘナチョコ勇者に、触れたくて自分のものにしてしまいたくて焦がれているだなんて。

「畜生‥勇者さんのくせに」
生意気なんだよ。
ロスはその気に入らない口唇に自分の口唇で蓋をした。
こんな感情、認めてなるものか。

end
 

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