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□少量の甘い薬
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「ねぇ、シーたん。今どんな気持ち?」
耳元で態と息を吹きかける様に囁けば、腕の中にあるシオンの身体は僅かに震えた。
それは人の行動に目敏く敏感な人間でさえも感じ取れない様な、本当にごく小さな震え。
千年眠らされていたとはいえ、長年の付き合いがある自分は彼をよく理解することが出来た。
だから今、彼が何に震え、何に畏れ怯えているのかも
手に取るようにしてはっきりとわかる。

―シオンはきっと目を背けたい。
抱き締めていると見た目よりも華奢だと気付く黒い服を纏った細い身体。人が思うよりも不器用な生き方をする彼は突然突きつけられた現実を真っ直ぐに、享受することが出来ないでいる。

「―大好きなアルバ君、横取りされちゃったね」
可哀想なシーたん。あんな悪魔なんかに。

一言ひとこと区切りながらオレは言葉を紡いだ。触れなくてもいいはずの、シオンの心の穴にわざわざ注意してさらに深く広げて。

そうすれば、案の定、先程まで濁っていた目の前の瞳は見開き赤く燃え上がった。
怒りを買ったのだろう、シオンは凄く怖い形相をしている。
勿体無いな。折角、美形なのに。


「ごめんごめん、怒るなよ。でもシーたんだって悪いんだぜ?」

多分干渉してくれるな、とでも言いたいんだろうけど。
そうでも言わないとお前はオレの話すら聴いてくれないだろう。普段はとことん分かりづらいくせにアルバくんのことになると、悔しいくらいに正直なのだから。

けどね、シオンだって悪いんだよ。
「シーたんは優しいから。

アルバ君の気持ちなんて気にしないでさっさと自分のモノにしちゃえば良かったのに
さ。多分あの子も優しいからきっと流されてくれた」

オレは黒曜石の様に黒くサラサラとした髪に指を通して軽く鋤いた。

嗚呼、別に一緒に居られた時間の長さなんて
気にしてもいない。シオンも同じ様にそれを気にせずあの子を愛しているし、オレもあの子のそれに嫉妬も抱かない。

それでも彼の心の大半はあの子で占められているのが、妬ましくて羨ましくて、気分の悪くなる感情が芽生えてくる。

本来、この髪に、白い肌に触れ、細い身体を抱き締めてやるのはオレじゃない。
あの子だ。

「まぁ―オレは君達と違って意地悪だから、
弱ったシーたんを付け入ろうとしてるんだけど」

シオンが欲しがっていたあの子はもう城の悪魔のものになってしまった。だから、あの子はもう彼のことを思うことはない。

シオンは今、誰のものにもなっていない。

誰のものでもないのなら。
「なぁ、今のお前に付け入る隙ってある?」
多少、触れたって罰はあたらないだろう?



「‥‥‥お前は、俺がまだあの人のこと思ってても気にしないわけ」

心臓が止まるような気がした。
目を瞬きさせて、目の前のシオンの顔を凝視する。
そこにあるのは、いつもの不器用な仏頂面で相変わらず不機嫌そうな顔だった。
驚いた。今日は一日口をきかないでいるかと思ったのに。

オレは彼の紡いだ言葉を頭の中で反芻する。
飾り気のない低い声が何を伝えていったのか、もう一度考える。
それを零されたとき伝わった鼓動、体温。長い付き合いのある自分以外は感じ取ることの出来ない彼の表情のほんの僅かな変化。

―これは、そういう意味と解釈してしまって良いのだろうか。

オレはその言葉の意図を理解して、笑った。
「だって、シーたんは優しいから流されてくれるだろ?」
end

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