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□文学少年と少女と有害物質と芋。
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失敗したな。
川原で本なんか読むんじゃなかった。
ボクは一人土手に寝そべりながら少しの後悔をしていた。
何せ、風が強すぎてまったく読めないのだ。いざ、読もうとして開いてみてもボクの意志とは関係なく勝手にページが捲られてしまう。
白いページが音をたてて舞う様は何か趣深いものを感じられたが、今は時間を潰せないことが純粋に悔しくてならない。
嗚呼。本当に誰にも邪魔をされずに読書を出来る時間が欲しかった。でも残念ながらそれは無理。どうにもこうにも、この強風の所為だ。

仕方ない。それなら寝てしまえ。
ボクは本を放り投げ、両の目を瞑った。
そして、これでどうだとばかりにボクは実態のない風に向けて鼻で笑ってやる。

そのときだった。
そのとき、草の生えた地を踏みしめる音と人間の気配を感じた。ボクの下らない挑発に風が笑い返したのではない。

今思えば、これがボクの最大の間違いにしてこれから起こりうる悲運の引き金だったのかもしれない。ボクはきっと最初からその音を気配を、耳に肌に感じるべきではなかった。
ましてや気に懸かって後ろを振り返るなんていう愚行をするべきでもなかったのだ。
けれども現実は悲しきかな。確かにそのとき、浅はかで悲しいボクは後ろを振り返ってしまったのである。

そこには、鮮やかなピンク色の髪をした小女が座っていた。
年齢は10歳くらいだろうか。それにしては大人びた雰囲気―というよりは随分重々しい空気―を小さな体に纏い、ただずんでいる。

そして、ボクには何とも分からなかった。只今の状況をどう形容するべきなのかが。

先程まで小憎たらしく思っていた風だけがザザザと高校生と幼女の間を駆け抜ける。それにより作られた道には味気ない沈黙が落ちる。
そして、至近距離にいるボクらはどうしてなのかお互いに口を開こうとしない。
この状況は何。

‥分かったぞ。
気まずい。これは、とても気まずいと言える。ボクにはそう形容できる。

何?何なのだろう。誰なんだろう。この子は。
なんで無言なのだろう。この糞広い川原でボクの隣り(というよりは右斜め後ろ)にわざわざ座って来たりして。
何の用かは知らないけれど、やはりボクから話し掛けるべきなのだろうか。いや、でも何で?

様々な疑問が脳内に立ち上ってきたが、結局ボクは黙りを決め込むことにした。だって、いきなり質問責めにしたら驚かせてしまうかもしれない。
じゃあ、質問ではなくて何か適当な話を振ろう。そうだ、そうしよう。

だけれどそれにしたって、ボクが女の子相手に―それが例え小さな女の子であろうとも―それこそ気の効いた言葉なんて言えるはずもない。
精一杯考えて、夕焼けが綺麗ですね、とかその程度だ。でも駄目だ。駄目駄目。子供は感情の起伏が激しいんだ。
そんなありきたりな台詞を吐いて、機嫌を損ねてしまってはいけない。

物語の登場人物は、夕日に染まる川原にいる孤独な少年と踞るあどけない少女。その孤独な少年がボクで踞る少女はあの子。
主人公であるボクはありきたりではなく気の効いた台詞を少女に投下しなくてはならないのだ。
そして多分、このピンクの子はロマンチックで非現実的なボーイミーツガールを期待しているに違いない。
絶対、そうだ。だってピンクだもん。桃色だもん。根拠もなしに勝手に思う。

ボクはチラリと女の子の方を窺った。
ほら、だって彼女は頭の小さな黒い羽根をピョコピョコと羽ばたかせてながらそわそわしている。それに先程までの重々しい空気は既に彼女から取り払われていた。
どうやら間違いなく彼女は期待している様だ。

でもやめてくれ。あまり嬉しそうにしていないでくれ。今度はプレッシャーに押し潰されそうになる。

大体、ボクは有害なバリサンとその友人から逃れて読書をしようとしていただけなのであって、何の設定もない高校生なはずなのだけれど。彼女が期待する価値のない―あるといったらアバラくらいの平々凡々な日本男児なはずなのだけれど。
しかし、いたいけな少女を裏切るには少し気が引けた。
少女の傷ついた様な顔を思い浮かべると、胸がチクリと痛む。

それならば、此処は日本男児らしく潔い覚悟を決めよう。
どうせボクに今更逃げるなんてことが出来るはずがないのだ。
そして、もう観念して飛ばそう。
思いきりすかした言葉を!

「今日は‥‥風が騒がしいな‥‥」

い―や―‥なんかもう死にたくなってきました。
何だろうこれは。羞恥心とかにはもう触れてこなくて、なんかこう…死にたい。これはやってしまった。ボクはやってしまったよ。
これを有害なバリサンに知られたら一生生きていけない気がする。喉を掻きむしって自ら息を止められる様な気がする。
勇者の剣で切腹出来そうな気がする。
いやもう、いっそのことその剣でクを殺してくれないか。

ボクは内心ネガティブになりつつ、恐る恐る再び女の子の方を窺った。

そしてボクは驚愕する。

彼女は頭の小さな黒い羽根を小刻みに連動させながら体を縦に震わせていたのだ。
何、なに。何だ。何なんだ。その奇妙過ぎる動きは。

まさか、とは思うがこれは嬉しいのだろうか?喜んでいるのだろうか?
残念ながらロマンの欠片もないボクにはてんでよく分からない。彼女の体が、羽根が羽ばたくたびに少しずつ宙に浮いてきているのはボクの気のせいか幻だと思いたい。

「でも少し、この風‥泣いてる」

若干、色々と引き気味になっているボクを気にもせず、彼女は桃色の長い髪を風に靡かせながら悩ましげにそう言った。

少女の髪と同じ春を連想させる様な色の睫毛が震える。切な気、だ。

ただ実際は頭に生えている羽根がいちいちピョコピョコと蠢いているせいで、臨場感もシリアス感も何一つ感じられない。
それにそのうち、本当にその羽根で少女が何処かに飛んで行きそうでボクはとても恐ろしいのだ。

嗚呼‥もう、そろそろ勘弁してくれないか。
良いだろ、神様。ボクはそろそろ限界だ。

ボクは何処にいるかも知れない神に心の中で両手を合わせた。ジーザス。

まあ正直なことを言ってしまえば、最初に後ろに座られたときは嬉しかったんだ。ボクはロリコンじゃないけれど、ほら小さい女の子ってほら、うん、なんか可愛いだろう。一緒にいるだけで和やかな気分になれるし。
けれども、ボクにはあの子に対応できる空想的能力はないし、残念だけれどボクには羽根がないから空も飛べない。

だから、ボクは既に救助を要請していたんだ。恥を忍んで有害なバリサンとその友人に。

もう有害なバリサンでもなんでもいい。ボクを此処から連れ出してくれ!!

そんなボクの悲痛な叫びが聴こえたのか、一人目の救世主(メシア)、有害なバリサンがボクらの前に姿を現した。
奴はいつもの飄々とした女性受けが良さそうなクールな表情で、土手の上からボクらを見下ろしてくる。
絆だ。こんなにも早く仲間のピンチに駆け付けてくれるだなんて。
なんだか感化されてきた。それはもう有害なはずのバリサンが神々しく思えてくる程には。

「急ぎましょう、アルバさん。―‥どうやら風が街によくないモノを運んできちまったようだ」

しかし、そんな考えは有害な彼本人の発言によって崩されてしまった。

分かっていた。分かってはいたさ。
何もないことはないんだろうなと。

だけど、何でだ。何故、今日に限ってテンションが高いんだよ、お前は。変に空気を読まないでくれ。
だったらいつもみたいにロリコンですか変態ですねとか罵って、アバラでも折ってくれた方がまだ良かった!

「あ…ロリコンですか変態ですね」
「遅せぇよ!!何を今更思い出した様に言ってんだ、死ね!」

お前に期待していたボクが悪かった。
半日ぶりに切り出した激しい突っ込みにボクはぜぇぜぇ息を切らしながらそう思う。

ほら、そういうこと言うからあの子滅茶苦茶嬉しそうにしているじゃないか。もはや、浮かんでいるレベルではなくあの羽根で飛び始めているし。

嗚呼もう、嫌だ。本当に嫌だ嫌だ。ボクを現実世界に帰してくれ。
嗚呼もう、ボクは気にしないからな。もう、この空気なんて気にしないからな。
だからこの空間を立ち去らせてもらおう。
現実的な一言で。

「急ごう。風が止む前に」

何を言ってるんだろう。ボクは 。

畜生、もういい。構わない。こうなったら投げやりだ。行けるところまで行ってやろうじゃないか。
ボクは決意と伴に苦渋の決意を固めた。

そのとき
「待ってッ!!」
ボクらを呼び止める男にしては高い声がした。顔を上げれば、土手の上に立ちはだかる姿がまた一つ。

「おいヤベーってそこのコンビニポテト半額だよ行こーぜ!」

それはボクが召喚した救世主(メシア)の二人目―有害なバリサンの友人だった。彼は可哀想になるくらい必死にコンビニのある方向を指差している。

貴方は空気を読もうか。空気を。
いや、読んでいるけれども。

ボクは女の子の反応が気になり後ろを振り返ったが、そこに彼女の姿はなかった。
再び、友人の方に視線を向けると、友人を殴る少女と痛い!痛い!と哀れにも泣き喚く友人の姿が。

幼女に殴られる良い歳した男。
なんて情けない。
それにしても、いつの間にあの子は移動したのだろうか。まさか、あの羽根で飛んだのだろうか。それも数秒の間に数メートル先まで。なんて恐ろしい。

ボクがそう身を震わせていると、一冊の薄っぺらい自由帳が宙を舞って落ちてきた。
どうやら土手の上から落ちてきたようだ。
現在、土手の上では哀れな友人が女の子と有害なバリサンによる軽いリンチを受けている。

女の子のものだろうか。
裏表紙に、マジックで名前が大きく書かれていた。

「なんだこれ?絵本?」

ぱらぱらと捲ってみてみれば、絵本のつもりだろうか文字の羅列と小学生にしては完成した絵が並んでいる。

よく見ればページ数までふられていて、文字がデザインされているところまであった。
よく出来たものだ。
ボクは女の子の手間と努力を純粋に素晴らしく思った。

だが、驚くべきはその内容である。

「ふーん。少年少女が川原で出会い、そこから始まる冒険ストーリーね。主人公は風の魔法使いでどんどん仲間を増やして旅を続けていくわけか」

すなわち、あのピンクの女の子は自分の絵本の世界を実現させたくて、ボクを物語の主人公に見立てて隣りに座ったのだ。
まあ、別にそれはそれで別に構わない。だって物語の主人公になれるなんて何とも素晴らしい話だろう。
ただ、問題なのはこの主人公、随分、特徴的な設定をしているのだ。
つまり―‥

「ボクが孤独で根暗なオタク少年に見えていたってことかあああああ!?」
「別にいいじゃないですかー!事実ですし」
「事実じゃないよ、そこ!わざわざ叫んでまでボクに悪態つくな!土手から引き摺り下ろすよ!?」
「やれるもんならやってみなさい、ぷえーぷえー」

友人の悲鳴をBGMに有毒なバリサンがこちらを馬鹿にしてくる声が聞こえる。それにときどき子供が混ざって賑やかだ。
全く、今日は静かに一人でいるはずだったのにとんだ悲運に巻き込まれたものだ。
でもほんのたまにはこんな放課後も悪くないかもしれないな。
ボクは口角を緩ませながら、有害なバリサンへどうせ負けると分かっている勝負を吹っ掛けた。
風は相変わらず小憎たらしく吹いたまんまだけれども。

end

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