その他
□狩野英孝
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移動教室の前のあわただしい空気の教室。
後ろの席のこの子が、ルーズリーフとピンクのファイルを片手に楽しげに話しかけてくる。
「かわちゃん!今日のロンハー狩野英孝出るよ!知ってた?」
「知ってるー、あんた昨日からずっと言ってるでしょ」
「うん!たのしみー」
わたしの好きな子は狩野英孝の大ファン。
狩野英孝面白い!ならまだわかるけどこの子の場合、狩野英孝かっこいい!好き!になる。
なんでだ。まったく理解できない。
「録画ももうしたんだよー」
「えー、あんた帰って余裕で見れるじゃん」
「いや、あたし何回も繰り返し見たい派だからさぁ」
わたしは半ば呆れてわたしより少し背の低い彼女を見下ろした。
いたずらっ子みたいにニカッと笑って、「行こう。かわちゃん」とさりげなく手をとられる。
「ーーーうん」
そんな一つ一つの行動に、わたしはいちいち驚いて、ドキドキが止まらなくなる。
だから、つとめて冷静に。わざとそっけないくらいの態度をとることで必死に感情を殺す。
わたしは今日も隠せている。
「英語かー絶対寝るわー」
「…いつも寝てるね」
目の前で笑うこの子が可愛くていとしくて。
彼女がくしゃっと笑うたびに、胸の奥がきゅんとする。
勇気のないままわたしはこういう気持ちをためこんでいって、いつか気持ちが溢れてしまったら苦しさに逃げ出してしまうかもしれない。
そんなことをわかっていながら、今夜ロンハーで狩野英孝を見るときも、お風呂の中でも、眠りにつく前でも、何度だってこの子の顔を思い出して、ひとり胸を痛めるんだろう。
わかってる。それでも。
「かわちゃん」
「なに?」
「なんでもない」
ふいにすごく抱きしめたくなってやめて、中途半端に上げた片手を彼女の頭にぽんと置いた。
彼女は一瞬の戸惑いのあと、照れたようにまた笑ってみせた。
その笑顔に、わたしは胸が痛くなった。
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