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□bifrostT
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対人格闘術の時間。
教官の号令で、ペアを組むべく訓練兵がいっせいに動き出す。
女子の中では比較的よくつるんでいるミーナとアニと行き会った。
この二人となら体格も近くて、対人格闘術のペアとして申し分ない。
のだが、ペアを組まなければいけないのであって、3人だと一人溢れてしまうことになる。
ミーナがアニと私を交互に眺めて考えあぐねている。
ほんのちょっとの差ではあるが私が一番最後に来たわけだし、どことなく気後れもしてしまうので引き下がろうと思い話し掛ける。

「あー…えっと、私誰か別の相手探してくるね」

そう告げてジャリ、と砂音をさせながら足を引いて立ち去ろうとしたのだが、

「いいよ。どうせ立体機動術以外は点数にならないし。私は教官に見つからないように上手くサボるからさ」

とアニに言われ、彼女はさっさと歩いて行ってしまった。

アニの気遣いに、なんとなく申し訳なく思ってしまう。
もっともらしい口実を付けて私たちに譲ってくれたように感じてしまったからだ。

アニのこういうところは、一匹狼みたいに思われてしまう一因になっているんだろう。
彼女は口数も多くないし、なんとなく同期と距離を置いているから。協調性がないと思われてしまうんだろう。
彼女が単独行動を好むのは、罪の意識に耐えられないからだというのに。

ミーナと顔を見合わせて、おずおずと訓練を始めた。





訓練が終わって、お昼ご飯を食べに行こうと食堂へと向かう。
ミーナが、アニが気になるから探してくる、というので私の言伝も頼んでおいた。
多分、アニはそんなに気にしていないだろうし、気を使われるのもむず痒いだろう。

お腹空いたなーなんて思いながら歩いていると、ジャンがこちらへと近付いてくる。
先日ぐしゃぐしゃに頭を撫で回されたことを思い出して、咄嗟に両手で守るように頭を覆った。

顎を引いて上目遣いで睨みつけるようなナマエと目が合ったジャンは、一瞬不思議そうな顔をしてすぐに合点がいったのか、吹き出した。

「もうしねえよ」

笑いながらそう言うジャンの言葉に、本当かな…と危ぶんで、むう、と口を捻じ曲げたナマエは害意のなさそうな彼の様子にゆっくりと手を下ろした。
なんだお前おもしれーな、と楽しそうにジャンが笑う。
どうにもからかわれているような、バカにされているようなそれに、ナマエは不服そうな表情をする。

「そういやお前、ミカサに似てるよな」

「え…?」

予想だにしていなかったことを言われて驚いた。
ミカサは強くて、美人で、言動が的確で、エレンに一途で、成績優秀で、私となんて似ても似つかない。
ジャンの言った言葉の意味を図りかねていると、見た目だ、と補足される。

ああ、そういえば彼女も東洋人だ。
私と違って彼女はハーフなのだけれど。
ずくり、と劣等感が首をもたげる。
生粋の日本人の私と違う、ハーフらしい綺麗な顔立ちをしたミカサ。
私との造形の違いを、差をぐりぐりと見せ付けられた気がして、ずしん、と胃が重くなる。

「あぁ…東洋人だからかな」

「東洋人?」

「うん、今はほとんどいない人種みたいなんだけど」

「あー…人種ってなんだ」

知らない言葉を並べたせいだろう、ジャンが聞きづらそうに問う。

本来、知らない方が普通なのだ。
この狭い壁の中では、人種なんて概念はもう消え失せている。
この壁の中に人類が逃げ込んだときに、色んな人種が同じところに入り混じってしまったからだ。
人種を区別するための住み分けもしていなければ、国もひとつしかない。
町や村だって、人種の区別なんかしていられる余裕はない。そんなことをしていたらこの狭い壁内では生きてはいけないのだ。

「昔は人間の見た目を種類で区別してたの。その中の種類のひとつが東洋人」

ふーん、と興味なさげにジャンが鼻を鳴らす。

「まあ、んなことどーだっていいんだけどよ」

ジャンの目線がナマエの黒髪を捉える。
彼女が歩くたびにさらさらと揺れ動くそれを触りたくて、ほんの少し目を細めた。
ぐしゃぐしゃに撫で回したときの感覚が手の平に甦ってくる。
艶のある、綺麗な黒髪だ。
その美しさに吸い寄せられるように、思わず手を伸ばしてしまう。

もう少しで、触れられる。

「え、な、なに?」

ナマエがそれに気付いて怯えたように体を強ばらせ、ジャンに触れられそうになった髪を押さえる。
その様子を見て、ハッと我に返る。
焦って思わず弁明するための言葉を探してしまう。

「いや、その、ゴミがついてたからよ、」

え、うそ、どこ?と焦って恥ずかしそうに彼女が髪を梳く。

指の間をさらさらとすり抜ける黒髪に、あと一歩で触れなかったことが悔やまれる。
触れるもんなら触ってみろ、お前には触らせないぞ、と嘲笑われているかのようだ。

ねえ、もう取れた?なんて恥ずかしそうに聞いてくる彼女が可愛らしくて、今はこれで充分かな、なんて思いながら、ああ、もう取れた、なんてまた嘘を重ねた。


 
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