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□bifrostT
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大きく息を吸い込んで、肺がすっからかんになるぐらいめいっぱい息を吐き出した。
深呼吸をすると幾分落ち着いたような気分になれる。
ぐちゃぐちゃした頭の中が、少し静かになった気になれる。

就寝前の自由時間の女子宿舎前。
いつもの時間のいつもの場所で、息抜きに、と今日も歌う。

どうして世界はこんなにも残酷で
どうして私はこんなにも醜いのだろう
私にそんな価値なんてあるはずもないのに
どうして彼は
どうして私は
どうして世界は


ザッと、誰かの足音が聞こえて、ふつりと歌を止める。
自分の世界に浸っていたところからいきなり現実に引き戻されて、緊張感から鼓動が早くなる。

誰だろう

入口の明かりに照らされてその姿が視界に映し出される。
ジャンが真面目な顔をしてこちらへと歩いてきていた。

「…よう」

素っ気なく口にされたその言葉は、吃って聞こえた。
私と同様になぜか彼も緊張しているようだ。
一体何を緊張しているんだろう。
他人事のように脳裏でそう思いながらも、なんとなく気付いていた。
悪い予感は当たるという。
今回ばかりはどうか当たらないでください、と神に願った。

「ちょっと今話せるか?」

ポリポリと頭を掻きながら訊ねられて、なんにも気付いてない振りをして、うん大丈夫だよ、なんて言ってみせた。



しばらく歩いて人気のないところまで来て、おもむろにジャンが立ち止まった。
わざとらしく咳払いなんてされる。

「その、お前、今好きなやつとかいんのか?」

顔を赤くしながらチラチラと横目で盗み見ながらジャンが訊ねる。

ああ、悪い予感は当たってしまったんだ

「…どうだろう、多分、いないんじゃないかな」

どちらとも取れるような曖昧な返事をする。
整理がついていないぐちゃぐちゃの気持ちのまま、予防線を張った。

「そうか、その…お前、俺のことどう思う?」

予想外な彼の一言に、どうしよう、なんて言おう、と返答に困って思わず視線を持ち上げる。
頬を染めたジャンの真剣な眼差しに射抜かれた。
彼は固唾を呑んでこちらの様子を窺っている。
私の一挙一動すら見逃さないつもりだ。
ふらふらと漂っていた気持ちに、一気に現実感がのしかかる。

私は今この瞬間この場にいて、彼の気持ちに答えなければならない。
いい加減な気持ちでその場しのぎなんてしてはいけないんだ。
真摯な態度を取らなければならないんだ。

緊張して、唾を飲んで彼の言葉に、態度に、返答しようと言葉を探す。
ジャンがふいに、はた、と気付いたように、質問の仕方が悪かったとでもいうように、いや、そうじゃねえんだ、ともごもごと口を動かす。
意を決したようにこちらを真っ直ぐに見据えて告げられる。

「その…お前のことが、好きだ」

お前はどうなんだよ、ともごもごと口ごもったような吃ったような声で促される。

戸惑うことはない。
私の気持ちは、決まっている。

「うん、私も」

控えめな声で、感情の乗っていない声でそう告げると、バッと勢いよくジャンが顔を上げた。
信じらんねえとでも今にも言いそうな驚いた表情で、ビタリと動きを止めたままこちらを見据えている。
しばらくそうして見つめ合っていると、ジャンの顔にじわじわと喜色が滲んでくる。

「そうか、マジかよ、はは」

彼は嬉しそうに、口元に手を当てて視線を斜め下の方へと向けた。
チラリ、と一瞬視線が持ち上がり確認するかのようにナマエを視界に捉え、再び足元へと戻る。

「その、なんつーか、じゃあ、よろしくな」

そう嬉しそうに告げて、歩きながら後ろ手に手を挙げてキザに去っていった彼を見送る。


一体何をよろしくするんだろうか。
どうして彼はそんなにも嬉しそうなんだろうか。
私はこんなにも感情が冷え切ってしまっているのに。


立体機動術の得意なスラリとした彼を、実感の湧かないまま、他人事みたいな気持ちで見送った。


 
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