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□bifrostT
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「なあ、隣座っていいか?」

座学を受けるために席についていると、ジャンが声を掛けてきた。

これじゃ付き合っているって口外しているようなものなんじゃないか。
はやし立てられたりしたらどうするんだろうか。
一体彼はどういうつもりなんだろうか。

じわ、と嫌な感情が滲むも、断る理由も思いつかないし断るわけにもいかないし、あ、うん、となんでもないように言って席を詰めた。

隣の嬉しそうな、得意げな表情の彼がどうにも気に掛かって、なかなか座学に集中できなかった。
今にも気を引くために何か仕掛けてくるんじゃないかと思うと気が気ではない。



このままではお昼ご飯も一緒に食べるなんて言い出すんじゃないかと怖くなって、座学が終わってすぐにミーナを探して声を掛けた。
ミーナを掴まえて安心したのも束の間、食堂でジャンが当然のように隣に腰掛けてきた。

マジかよ。

心の中で呟いて動揺しながらも、平静を装ってなんとか昼食を胃の中へと押し込んだ。





午後の訓練は立体機動術だった。
上下の移動に関しては慣れてきていたため、今日からは木を伝って移動する。
腰に付いているアンカー射出機からアンカーを的の木へと発射。ブランコのように空中を移動して滞空中にアンカーを巻き取り再び移動先の的になる木を探してアンカーを射出する。
これの繰り返しで移動するものだ。
猿が木を伝って移動する様子を彷彿とさせるようなかんじである。
今日の訓練内容は立体機動に慣れるためのものなので、ほとんど自習のようなかんじだ。サボっていたらさすがに教官に怒鳴られるが。

各自で移動して立体機動の感覚に体を慣れさせていく。
立体機動術に関してはジャンに教わるべきなのだろうが、どうにもこうにも関わる気になれない。

私はアンカーの射しやすそうな木を見付けると、早速立体機動を開始した。
なんとか順調に移動していると、視界の端にジャンを見付ける。
さすがに立体機動中はワイヤーが絡まる危険もあるから、ある程度は距離を取って近付くことはしないだろう。
ほんの少し不愉快に思いながらも、気にしないようにと努める。



どれくらい移動しただろうか。
随分と息が上がり、周りへの注意も薄れてきた気がする。
本来なら適度に休憩を入れるべきなんだろうが、早く立体機動をモノにしてしまいたかったのと、ジャンが近くにいたことでひたすら訓練に励んでいた。

あ、

しまった、と思う余裕すらなく、アンカーが目標の横をすり抜けた。

やばい、

そう思っても、疲れた体で判断能力が低下しているらしく、もう片方のアンカーを外せずにいる。
このままでは勢いを殺せずに木の幹に激突、もしくは落下の危険性がある。
この速度での事故は死とほぼ同義だ。

ああ、だめだ、
落ちる

ぼんやりとした意識の中で漠然と諦めて、自然に身を任せようとした。

「何やってんだ!!」

間一髪といったところでジャンに受け止められる。
横抱きにされているらしく、視界には、ジャンの顔と流れる木々とその隙間から空が映った。
そのまま流れるような動きで枝の上へと着地する。

恐怖感から解放され、一気にどっと安心感が押し寄せる。
抱き抱えているジャンの腕が、触れている肩が、温度を伝えてくる。
生きているんだと実感する。
柔らかい、優しいその感覚に嬉しくて、感情が持っていかれる。

ああ、この人は、なんて。
きっと彼なら損得勘定なしで私のことを。
きっと、関係ないんだ。
劣情なんて、あってもなくても。
同じじゃないんだ。好きっていう感情と劣情は。
彼は私のことを、ただ無条件に、大切な存在として想ってくれているんだ。
今さながらにそんなことに気が付いた。

怖かった。
もう駄目だと思った。

ぽろぽろと涙が溢れてきて、彼の胸に顔を押さえつけた。
彼の肩あたりの服を、ぎゅ、と握り締める。
声を押し殺して泣いた。


ごめんなさい。
スタートは遅れてしまったけれど、きっとこれからでも遅くない。
私は彼と、幸せになるんだ。



「ありがとう」

落ち着いて、涙を拭って笑顔で告げた。
驚いて、嬉しそうに、安心したように笑った彼の笑顔が、眩しかった。


 
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