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□bifrostT
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就寝前の女子宿舎前で。
男子宿舎の明かりを見つめて黄昏に浸る。

嬉しくて、体が軽くて、気持ちもそうで。
ふわふわした気持ちが自然と声帯を震わせる。

世界はこんなに優しくて。
幸せに満ちていて。
あなたのことが大好きで。
ずっと一緒にいたくて。
ねえ、こっちを向いて。
私に笑って。
私もあなたのことが大好きだから。



「…よお」

女子宿舎の薄明かりに照らされて、暗闇の中からこちらへと歩いて近付いてきたジャンの、照れくさそうな、嬉しそうな表情を露にする。
ナマエが嬉しそうに、こんばんは、なんて話しかければ、おう、とぶっきらぼうに答えてくれる。

「その、今日は、月が綺麗だな、」

「うん」

沈黙。
ジャンが下方で視線を右往左往させて何か言い出そうとしている様子を、ナマエが幸せそうに目を細めながらにこにこして待っている。
ジャンが、チラリと視線だけナマエへと向けて視線が交わる。

「湖に、行かねえか?」

二人っきりの夜の散歩に、デートのお誘いに嬉しくなって、ナマエが、うん、行くー!なんて返事をする。

時折、大丈夫か、なんてジャンに手を差し伸べられながら湖の見える方へ登っていく。
その道すがら、そういえば兵団に入ってすぐくらいにベルトルトに連れてきてもらったなあ、なんてぼんやりと思い出した。
ぼんやりと、彼らと接触しなければと思いつつも、ジャンの手のひらから伝わる体温が、雑念なんてふんわりと消し去ってしまう。
絶対的な暖かさが全てを包み込んで忘れさせてくれる。
その心地良い温度に身を任せて、今を精一杯生きなければ彼に失礼だな、なんて。



あの頃とは違って、上までたどり着いても息が上がることもなく、訓練の成果を、時間の経過を実感した。
優しく頬を撫でる風が気持ちいい。
顔に掛かる髪を指先で撫でるように耳に掛けた。
静かな湖は空気を澄ませて清浄にしている。
綺麗だなあ、なんて思いながら意識が湖へと吸い込まれていく。


さらさらと梳くようにジャンがナマエの髪を撫でた。
彼は度々こうやって彼女の髪を触る。
ジャンは、自分にはないその感覚に、ついつい何度も繰り返して指を滑らせてしまう。
鼻先を彼女の髪へ寄せて後ろからゆっくりと抱き締める。
ふわり、と甘い香りが漂い、脳内に染み込んで酔わせる。
彼女の肩へ回した腕が、ジャンの胸元へとナマエの背中を押し付けて体温を共有する。
じんわりと熱を持った。
ドクドクと心臓はうるさく高鳴って、胸元から、抱き締めた彼女の背中から、伝わってしまいそうだ。

抱き締めてきたジャンの腕から、引っ付いている背中から、じんわりと温度が伝わってくる。
心地いいはずのその体温は、今日はなんだかちょっと熱いくらいだ。
自分の鎖骨あたりに置かれている彼の手に、するりと手を重ねて滑らせた。
すらりと長い指先を持つ彼の手は、男の子らしく骨ばっている。
するすると指先で彼の関節を確認するように撫でていく。

抱き締めていた腕を離したジャンは、彼女の肩を掴んでゆっくりと向き合わせる。
向かい合った彼女の両肩をしっかりと掴んで、真正面から見据えた。
落ち着くために目を閉じて深呼吸する。
腹を括ったのか、カッと目を見開いたジャンは、ナマエとじっと見つめ合う。

ジャンの意図が分からずに、ぱちぱちと瞬きをしていると、ゆっくりとジャンが顔を近付けてきた。

え、

顔がぶつかる直前、ナマエの手の平がジャンの口元を押さえた。
あれ、唇じゃない、なんだ、と不審そうに目を開けたジャンと至近距離で目が合った。
ナマエの顔は可哀想なくらい真っ赤になっている。
ほんの少し涙も滲んでいるように見える。
泣かれるほど嫌だったのか!?とジャンは内心で焦った。

「あの、ごめん、まだ、心の準備が…!」

あわあわと口元をまごつかせながら必死に訴える彼女に、ジャンは俯いて口元をわなわなと震わせた。


なんだよ、クソッ!
心の準備ってなんだよ、心の準備って!
ふざけんなよ、可愛い!

地団駄を踏んで叫びたい衝動に駆られながらも、なんとかぶるぶると踏ん張って耐える。
掴まれている肩に力を入れられたナマエは焦って、怒ってる?ごめん、なんて言いながらジャンの顔を覗き込もうとする。
赤くなってにやけた顔を見られないようにジャンは彼女から顔を逸らして、いや、いい、なんでもねえ、気にすんな、と誤魔化すように並べ立てて、帰るぞ、といってさくさくと歩き進めていくのだった。


 
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