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□bifrostT
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「無論、新兵から憲兵団に入団できるのは成績上位10名だけだ。後日配属兵科を問う。本日はこれにて第104期訓練兵団解散式を終える…以上!」
解散式の夜。
訓練期間を終えた104期訓練兵たちは、普段に比べて幾分豪華な食事を前に、各々談笑しながら過ごしていた。
「いーよなお前らは10番以内に入れてよ!どーせ憲兵団に入るんだろ?」
「ハァ?当たり前だろ。何のために10番内を目指したと思ってんだ」
「オレも憲兵団にするよ。王の近くで仕事ができるなんて…光栄だ!!」
カップに口をつけようとしていたマルコの頭をジャンが押さえつけた。
可哀相に、マルコは顔に飲み物を被ってしまう。
そんなジャンの様子を横目で眺めながら、これは酔ってるな、なんて思った。
さすがに訓練兵がアルコールなんて高価なものを口にする機会はない。
雰囲気に酔っているのだ。
解散式後の、送別会というこの場の雰囲気に。
さきほど発表された上位10名に入れたからというのも大きいのだろう。
よほど嬉しかったに違いない。
トロスト区出身のジャンは5年前から最前線の街に暮らしているのだ。
内地で安全な暮らしができることに憧れているんだろう。
そんな彼の正直なところに可愛さを覚え、そして野望を叶えられたことに私までなんだか嬉しくなる。
もしかしたら私まで酔っているのかもしれない。
なんて考えていると、背後で乱闘が始まった。
ジャンとエレンだ。
訓練兵に所属している3年のうちに見慣れてしまった光景だ。
特に取り乱すでもなく、巻き込まれないように席を立つ。
一通りやり終えたらしいジャンは、クソッと悪態を吐いたあと、ハーッと盛大に溜息を吐いて元の席に腰掛けた。
私も元いた席、ジャンの隣に腰掛ける。
「大丈夫?」
「…大丈夫だ」
不機嫌そうにむすっとした表情で呟くように返事をしたジャンだったが、飲み物を飲んだときに小さく、いッ、と呻いていたので、口の中を切っているのかもしれない。
少なくとも口端は切っていそうだ。少し血が滲んでいる。
乱闘のあと、割とすぐにお開きになった。
みんなはぞろぞろと連れ立って兵舎へと戻っていく。
手当てするような怪我ではなかったから、ハンカチを濡らしてジャンの口元を拭う。
滲んだ血がハンカチに付着してそれを汚していく。
「お前、所属兵科は何にするか決めたのか?」
ぼんやりと虚空を見つめながら吐き出された彼の言葉に、ぴたり、と動きを止めた。
ジャンが顔を上げて、視線が交わる。
そうだ。
もう決めなければいけないんだ。
今までは、卒業するために、とそればかり考えていたけれど。
選ばなければならない。
調査兵か、駐屯兵としてこれからやっていくことを。
私が漠然と決めあぐねていることを見透かしているんだろう、ジャンが言葉を続ける。
「俺はな、お前と内地に行くって決めてんだ」
はた、と動きが止まる。思考も止まってしまう。
どういう意味だろう。
内地行きの切符は成績上位10名にしか与えられない。
ジャンしか、それは持っていない。
私には選択肢にないことだ。
まさか、私に実家に帰れとでも言っているんだろうか。
いまいち意図を察せれていないナマエに、ジャンが小さく溜息を吐く。
「だから、お前は俺が内地に連れてく、つってんだ」
「え、っと…」
「結婚するぞ」
呼吸が止まった。
息を吸うことも吐くこともままならない。
もしかしたら心臓だって動いていないかもしれない。
だってそんなこと、今まで考えもしなかった。
吃驚して、現実味を欠いたその言葉に、いまいち本気なのか冗談なのか図りかねて、リアクションができない。
ナマエは瞠目したままぴくりとも動かない。
だって、私たちは、まだ…
「ジャン、もしかして酔ってる?」
「酔ってねーよ!」
ったく…、なんて呟いて恥ずかしそうに頭を掻いたジャンに、思わず笑みが溢れる。
今はまだ、実現しなくても。
いつかきっとその日が来るんだろう。
幸せに包まれた日々が。