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□bifrostT
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「今日はこれくらいにしとこうか」
そう言って家庭教師のワグナー先生が荷物をまとめ始めたのを見て私はちらりと時計を見やった。
そのまま視線を窓へ投げかける。
なんだか今日はやたら外が騒がしい。
ざわざわとどよめき声が聞こえてきて、正直なところ勉強どころではなかった。
何かあったのかな。
「じゃあ、また明日。課題を忘れずにやっておくように」
先生の言葉に、はーいと適当に返事をして彼が部屋から出て行くのを見送った。
勉強道具を適当に片付けて、上着を羽織ってポシェットを提げる。
貴族としての威厳を損なわないように、はやる気持ちを抑えながら優雅な足取りで家を出た。
街道には多くの住人が溜まって話をしていた。
異常な緊迫感を肌で感じ、何事かと目を見張る。
「嘘だろ、だって…ありえないだろ…」
「壁の中は安全なんじゃなかったのかよォ!!?」
「まだ、ウォールシーナもウォールローゼもある…大丈夫…大丈夫だ…」
「でも、逃げてきたウォールマリアの人たちはどうするの…?」
「貪りを!我が秩序を!汝の元にィ!」
近くにいた話しかけやすそうなおばさんに声を掛ける。
たしか近所に住んでいて、何度か言葉を交わしたことがある。
「あの、すいません、」
「ああナマエちゃん、こんにちは」
「こんにちは、何かあったんですか?」
「え、ウォールマリアが壊されたっていう話、もしかしてまだ聞いてなかったの?」
え・・・?
ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
ほらこれ、と言っておばさんが差し出した回紙を受け取り適当にお礼を言うと、おばさんはまた近くにいた別のおばさんと話し始めた。
回紙に目を通しながら人通りの邪魔にならないように端に寄る。
ウォールマリア陥落。
巨人の侵入。
超大型巨人。
鎧の巨人。
845年。
知っている。
私は、知っている。
ドクドクと鼓動が加速していく。
ずきり、と体験したことのないような激しい頭痛と同時に目眩に襲われ、うずくまる。
思わず目を閉じると、走馬灯のようにあらゆる記憶が脳内を駆け巡った。
夢で見た虹のこと。
進撃の巨人という作品のこと。
この世界に来る前の世界のこと。
私が人買いを通じてミョウジ家の養子になったこと。
どうして。
どうして忘れていたんだろう。
こんなにも多くのことを。
一際激しい頭痛がズキリと襲う。
そうだ。
私は…父様に連れられて……
注射を打たれたんだ。
そうだ。
私は、
巨人なんだ。