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□bifrostT
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「訓練兵は装備を万全にして待機だ」

外から上官の声が聞こえてきた。
訓練兵である私は本来なら上官の命令の通り、戦闘準備をしておかなければならないのだが、現在は負傷者として陣営の休憩所の壁にもたれ掛かっていた。
隣に寄り添うようにしてジャンが私の手を握ってくれている。
辺りには負傷した兵士たちが雑然と横たわっていた。
数日後には問題なく復帰できそうな軽傷の者もいれば、もう二度と兵士として復帰することは叶いそうにないような重傷の者もいる。
私は肋骨を数本折ったのと内蔵を負傷したことで兵服が血みどろになっており、目に付く限りの負傷者の中ではかなり重傷な部類に入る。
トロスト区内の本部からここまで運んでもらう際にも、随分とジャンに心配されてしまった。(傲慢な性格のあのジャンがしきりに私に傷の具合を訊ねてきて、傷に響かないよう慎重に飛ぶものだから笑いを堪えるのに苦労した。)
実際、生死に関わるような重傷を負っていたわけだが、巨人の力のおかげで今ではすっかり回復してしまっている。
至って健康体になってしまってすっきりした思考回路の中で、べっとりとこびり着いて乾きかけている血液の不快感に目を閉じた。
この休憩所に漂う、死の匂いから目を背けるように。
ジャンが、きゅ、と握り締める手に力を込めた。



よかった。
これで戦わなくていい口実ができた。
もしエレンみたいにぱっくり巨人に食べられてしまったら、取り返しがつかなかった。
人間の状態で巨人の腹の中から脱出するなんて、私の実力だと到底できることじゃない。
死ぬか、巨鳥化するかの二択しか私には選択肢がない。
少し痛い目は見たし誰かにバレる危険性もあったものの、そうなる前になんとか戦線離脱できたのは幸運だった。



控えめな靴音がコツコツと聞こえてきたから目を開けてみると、心配そうにマルコがこちらへ歩いてきていた。

「ナマエ、怪我の具合はどう?」

「巨人にブン殴られたらしい…肋骨と、内蔵もヤってるかもしれねェ」

私が答える前にジャンが対応する。
私が教えた記憶はないから、きっと現場を見ていた補給班の誰かに聞いたんだろう。
傍まで来たマルコは私の隣、ジャンの反対側に腰を下ろした。
ジャンとマルコが両隣に寄り添ってくれている。
両手に花とはこれのことか。

マルコが痛ましそうな表情で眉間に皺を寄せながら私の血みどろになった兵服を眺めている。
なんだかそれが悲しいようで寂しいようで申し訳なくて、ジャンに握られている手と反対側の手で、マルコの手を握った。
驚いたようにマルコが顔を上げる。

「ごめんね、一緒に戦えなくて」

さっきまで、戦線離脱できたことを安直に喜んでいたというのに。
マルコを目の前にすると、何故だか罪悪感でいっぱいになった。
マルコは優等生らしく兵士としての責務を果たしているのに。
私だけが、ズルをして助かろうとしている。

「何言ってるんだ、ナマエは充分戦っただろ、今は怪我を治して生き残ることだけに集中するんだ」

何故だかマルコのその言葉が、脳髄の裏側にピンと冷たく掠めて、よく分からない悲しみのような切なさのような感情が胸をざわつかせた。
この感覚は、きっと私の遠い記憶が反応しているものだ。
いまいち決定打に欠けるのか、はっきりと記憶を思い出すでもなく、ただ感情だけがざわついていく。
この不吉な感情を振り払うように、マルコの手を、ぎゅ、と握り締めた。

「…死なないでね」

何故だか私の口からするりと溢れ出た言葉は、死刑宣告のように聞こえた。


 
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