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□bifrostT
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「何やってんだ!」

「どっちがだよ!早く翔べ!」

ジャンは、スライディングしてきた巨人を間一髪で躱し、目の前に飛び込んできた巨人もアニの援護でなんとかやり過ごす。
他人の不慣れな立体機動装置を危なげながらなんとか使いこなして壁の上に転がり込んだ。

「無茶しやがって!」

「無茶はお前だろ!お前だけの命じゃないんだぞ!」

共に死線を潜り抜けてきた仲間の、マルコのお説教でナマエの顔を思い出す。
心臓は早鐘を打ち未だに生きた心地はしなかったが、ニヤリと片側だけ口角を上げて笑ってみせた。

「そうだな、サンキュ、マルコ」

壁の上にへたりこんで息を整えながら、あいつのためにも絶対生きて帰らねぇと、なんて思いながらジャンは空を仰いだ。





怪我人のフリをしていなければならなかったため、私には、ピクシス司令の演説を聴いたり煙弾を遠くから眺める程度しかできなかったが、どうやらトロスト区奪還作戦は無事成功したらしい。
何もできない歯痒さをひたすら噛み締めていたが、エレンが壁を塞いだらしい瞬間に巻き起こった歓声に、嬉しさと安堵感と高揚を覚えた。
この後は一気に事態が収束していく。
少しして早急に壁内の巨人を掃討するために榴弾の砲声が鳴り響き始めた。
この間に手の空いている者で怪我人の手当て、搬送が行われ、私もそれに伴って診療所へと移動させられた。
さすがに医者の前では怪我人のフリは通らないだろうと不安に思っていたが、あまりの負傷者の多さゆえに医師の手が回らず、精密検査をされるようなこともなかった。
トロスト区奪還作戦が成功したことで随分と晴れやかな気持ちになっていた私は、しばらくここで休んでいってもいいかな、なんて怠惰な欲求も過ぎったが、さすがに3日もいると手持ち無沙汰になり、打ち所がよかったらしい等と適当に誤魔化して兵役を復帰した。



「ナマエ!」

クリスタが小走りで近付いてくる。

「良かった、もう怪我は治ったんだね。みんな心配してたんだよ」

眉尻を下げ安堵したような表情で話し掛けられると、なんだか後ろめたい。

「なんだ、お前意外にしぶといんだな」

ユミルがクリスタの肩を抱きながら話し掛けてくる。
不用意なことを言うわけにもいかないので苦笑いで適当に誤魔化した。

「うん、まあ。あ、クリスタ、よかったら私がいない間に何があったかとか教えてもらえると助かるんだけど」

快く了承してくれたクリスタから、時折ユミルの補足も交えながら話を聞いていく。
私が戦線離脱してしまったあとのトロスト区奪還作戦、掃討作戦についてだ。

「トロスト区奪還作戦で壁内に閉じ込められた巨人を倒すために、壁上固定砲で榴弾をいっぱい撃ったの」

「丸一日掛かったな」

「そうなんだ、大変だったんだね」

そして戦死者の回収について話し始めたとき、酷く言いにくそうにして言葉を濁らせた。
クリスタの代わりにユミルがはっきりと告げる。

「マルコが死んだらしい」

ユミルの言葉の意味が理解できなくて、あまりにも現実味がなくて、思わず表情も身体も頭の中まで固まってしまう。
まず先にマルコが誰か、を処理しはじめた脳が、いつもの人の良さそうな笑顔のマルコをビジョン一面に広げた。
その直後に、私は思い出す。
この世界にくる前の記憶。
ジャンが見つけた横たわる彼の姿。
頭から上半身にかけて食いちぎられた無惨な姿の彼を。

マルコは、死んだ。
もういない。

そうはっきりと結論づけられた答えに、ついていけない。
感情が、追いつかない。

だって、マルコは
どうして、マルコが

私は知っていたのに

何もできなかったのか

歌をリクエストしてくれた彼を、一緒に座学を受けた彼を、ジャンの隣で一緒に笑った彼を、心配そうに覗き込んでくれた彼を。
まるで走馬灯のように頭の中にぐるぐると、ぐちゃぐちゃと、記憶の欠片たちが沸き起こっては強烈な感情を残して弾けていく。

どれくらい時間が経ったのか、感覚的には何日も過ぎたように感じたが、実際には一瞬の出来事だったのかもしれない。
ぼんやりと視界の回復してきた私はなんとか、そう…、とだけ言葉を溢した。

「まあ、ショックがでかいのも分かるがな。もうじき休憩も終わる。あんまうじうじすんなよ」

ユミルの励ましの言葉に、あからさまに心配そうな表情のクリスタに、

「うん、大丈夫だよ」

そう呟いて精一杯笑ってみせたつもりだけど、私は今上手く笑えているだろうか。
いつもどうやって笑っていたんだろう。
こんなにも笑うことが難しいなんて。



そうだ。
私は知っていたはずだ。

この世界は暴力的なまでに不条理なんだって。
この世界は、残酷だ、って。


 
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