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□bifrostT
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兵団選択の日。
任命式のある広場で、ナマエはコニー、サシャ、アルミン、アニとともに壁にもたれ掛かるように立っていた。


いつからだろうか、こうやって壁を背にしていないと落ち着かなくなったのは。
背後を取られるのが怖くなったのは。

背後に広い空間があるあの感覚。
加速度的に心臓は早鐘を打ち、視線はいち早く敵を発見するために頼りなく右往左往する。
冷や汗が伝う感覚にすら驚いて身体を硬直させてしまう。
馬鹿みたいに唾液は分泌されるのに、喉はからからに乾いていく。

時間の経過とともに、成長とともにより神経質になってきているのは確かだが、始まりは、記憶を取り戻し巨鳥化について把握したときからなのではないかと思う。
自分以外の人間は全て敵なのだと、理解したあのときから。
私は本能の奥底で、誰も心から信頼することができなくなっているみたいだ。

ぼんやりと、そんなことを考えた。



ジャリ、と地面を踏みしめる音をさせながらジャンが近付いてきていたので、壁に付けていた背を離して姿勢を正しながらジャンと目を合わせた。

「ナマエお前、まさか兵士になるつもりなんかじゃねぇよな」

まるで、彼の中では私が兵士にならないことは決定事項にでもなっているかのように、断定するような口調だ。
私は負傷していたおかげで直接死体の山を見ることも触ることもなかった。
彼にとって私は現実を知らない子供に見えるのかもしれない。
補給班という後衛についておきながら戦闘の初期段階であんな大怪我をして戦線離脱しておいて。
戦力のないお前が、この先、生き残れるはずもないだろ、と。
そう言われている気がした。
そして、それは事実で。
反骨心のような悔しさがムクムクと、瞬く間に育つのを感じた。

「…ジャンは、調査兵になるんだっけ」

「ああ。お前の実家、ウォール・シーナにあるんだったよな。いつ会いに行けるか分かんねえけど」

「今年の調査兵団志願者は少なそうだね」

「そりゃそうだろうな。あんなモン見せられちゃあな。俺たちはもう知ってる…もう見ちまった。巨人がどうやって人間を食うのか」

ぎゅ、とジャンの手に力が込もる。
唇はわなわなと小刻みに震えている。
絶望と恐怖といった感情が全身から滲み出ているというのに。
決意の篭った意志の強い瞳が強い光を放っていた。

ジャンは今、変わろうとしている。
マルコの死を受けて。

ジャンは知ってしまったんだ。
人がどれだけ呆気なく死んでしまうものなのかを。



「訓練兵整列!壇上正面に倣え!」

上官の声を合図にぞろぞろと移動して位置につく。

エルヴィン団長の演説を聴きながら、関連する項目を過去の記憶から引っ張り起こしていく。
漠然と女型の巨人のことを思い出して、アニを盗み見た。
無表情に前を見つめている彼女からはなんの感情も伺えない。
連鎖的に、釣られるように、なんとなくアニといえば、といった感覚でベルトルトの方へ視線が流れる。
アニのことを気にしているだろうと思っていた彼と、視線が合った。

…こっちを見ていた?

じっと食い入るように見つめると、するりと視線を外される。
いつもの不安そうな表情を貼り付けた口元がひくり、と動いたのを見た。



「以上だ。他の兵団の志願者は解散したまえ」

ぞろぞろと同期のみんながこの場を離れていく。
異様な緊迫感が場を支配していた。
私まで空気に当てられて緊張してしまう。
鼓動が早まり嫌な汗が滲んだ。

各々が去っていく者たちを見送っていく。

ベルトルトがアニの方をいつまでも振り返っていた。



「お前…何で残って…、お前が、なんで、調査兵団なんかに…」

私が残っているのを見つけたジャンが、僅かに絶句したあと、詰まりながら言葉を溢した。
そうして体勢を整えるようにしたあと、矢継ぎ早に言葉を並べる。

「ハッキリ言うけどな、お前には兵士は無理だ!お前は…お前は実家に帰って内地で暮らせ。お前には生まれながらにして権利がある。俺たちとは違う。兵士になっても何もいいことなんかないだろうが」

「ジャン、私にだって、譲れないものくらいあるよ」

顔を上げて、真っ直ぐに、睨むくらいのつもりで彼を見つめながら答えた。
マルコのことを言っていると分かったんだろう、ぐっと飲み込むようにジャンの表情が硬くなった。
そうして逡巡するように視線を足下に投げていた彼は、考えがまとまったのか顔を上げて射抜くような鋭い視線をこちらに向けた。

「…勇ましいのもいいがな、勇敢とはいえねえぞ。無謀だ」

「…そうだね」

言い返すための上手い言葉が見つからなくて、唇をぎゅ、と噛み締めた。
これ以上口論したところで、折り合いがつかないことは分かっている。
ここは一旦距離を置いて頭を冷やすべきだ。

私は、感情を、思考を締め出すようにジャンとの会話を打ち切った。


 
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