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□bifrostT
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「ホンットお前はクソ真面目だな」

長距離索敵陣形について復習しているとユミルに話し掛けられた。
そのまま私の隣の席にドカッと座ったユミルに続いて、その隣にクリスタが丁寧な所作で腰掛ける。

「そんなにガリガリ勉強したって実践に生かせねェんじゃあな」

「ちょっと、ユミル、」

そう言ってユミルはハッと鼻で笑い、クリスタがいつものようにユミルを咎める。
しかしそんなことは意にも介していないかのようにユミルが続ける。

「お前は座学が得意なんだから技巧にでも進めばよかったんじゃねえの?よりにもよって調査兵団とはな…ジャンの奴にも言われてたろ」

うん…と重いトーンで返事をするとちょうどユミルが、お、噂をすればってヤツだ、と言ってニヤニヤと口元を歪めた。
近くまで歩いてきたジャンは、私が広げているノートに長距離索敵陣形について記されているのをチラリと目視して口を開く。

「立体機動なんかはちゃんと練習してんのか?」

「…あんまり」

なんだか居心地が悪くてジャンの目を直視できずにそう呟くと、鼻から息を出すように溜息を吐かれた。

「これを覚えたら他のことにも手を回すつもりだから。大丈夫」

先輩方の言っていたように長距離索敵陣形を頭に叩き込むことは最優先事項だ。
他のことはとりあえず後回しで構わない。
そう判断してジャンに言ったつもりだったのだけど、ジャンからは再び溜息をもらってしまう。
さすがに癇に障る。やめてほしい。

ユミルが席を立って、クリスタを連れてニヤニヤと意味深な視線をこちらに向けつつ歩いて行った。
空気読んで邪魔者は去ってやんぜ、みたいなドヤ顔だ。やめてほしい。

ユミルが座ったように今度は私の隣にジャンが座った。

「あともう一ヶ月もしねえうちに壁外調査だ。お前はもう調査兵になっちまったし、お前のこと守ってやれるとも限らねえ。自分の身は自分で守るしかねえんだ」

「…うん、そうだね」

「…とにかく、次の休みは立体機動術の訓練すんぞ。俺様が直々に稽古をつけてやる」

少し恥ずかしそうに、人差し指で鼻の下を擦りながらジャンが去っていった。
ほんの少しフラストレーションを抱えたまま、私は再び自分のノートに視線を落とした。





第57回壁外調査の朝。
カラネス区の中央通りを1個調査兵団が闊歩する。
私もその中で一調査兵として、落ち着いたペースで馬を歩かせる。
カッポカッポと蹄の音が景気よく響いている。
後方からは荷馬車を引くガラガラギシギシという音が聞こえてくる。
このまま真っ直ぐ行けばカラネス区の外門へ辿り着くはずだ。
早朝であるにも関わらず道沿いには多くの見物客が押し寄せていた。

「また税金の無駄遣いか…」

「ほんとに飽きもせずよくやるよ…」

私たち調査兵本人を前にしていても大体は悪い言葉ばかりが囁かれる。
チラリとそちらに視線が流れてしまうも、先輩が小声で、オイ、と注意してきたので促されるように前を見据えた。
ひたすら視界を埋めている調査兵の集団は、統率された動きで乱れひとつ見せず淡々と行軍していく。
ブルル…と小さく馬が嘶いた。

先頭が外門にたどり着いたらしく、前から順に馬の足を止めていく。
私も控えめに手綱を引いてそれに倣った。

士気が高まっているらしく、辺り一帯の兵士たちから物凄い圧の気迫が感じられた。
歴戦の強者たち、といった表現がしっくりくる。
巨人に対する恐怖なんて微塵も感じさせない。
このまま馬で突っ込んで、巨人すらも蹴散らしてしまえそうなくらいだ。



「団長!!間もなくです!」

「付近の巨人はあらかた遠ざけた!!開門30秒前!!」

門の上、50mの壁上から兵士の声が聞こえた。

「いよいよだ!!これより人類はまた一歩前進する!!」

「お前たちの訓練の成果を見せてくれ!!」

分隊長格であろう兵士の、士気を鼓舞させるような声掛けが響き渡った。
それに応えるように調査兵から一斉に雄叫びが上がる。

「開門始め!!」

「第57回壁外調査を開始する!」

「前進せよ!!」

団長の指揮する声が辺り一面に響いた。
先程まで静まり返っていたのが嘘のように怒涛の勢いで騎馬が門を潜っていく。
ドドドドド…と多数の馬が駆ける音が辺り一帯を埋めている。
援護班の立体機動の音も、団長が声を発するまで巨人が近付いている音にも、気付けなかった程の騒音だ。
近くで暴れている10m級の巨人にチラリと視線を奪われるも、後ろからの、怯むな!!援護班に任せて前進しろ!!という声で、するりと視線を前に向けた。
壁外に出た途端、どこまでも続いていそうな騎馬の群れが、急に頼りなく感じてしまう。
開門前にはあんなに頼もしく感じた調査兵たちも、平地で巨人に遭遇すれば簡単に隊列に侵入されてしまうのだ。
不安と緊張感が全身を舐めて、ぞわり、と寒気がした。

それでも先に進むしかない。
トロスト区戦とは違う。
周りにはたくさんの仲間、先輩方がいる。
大丈夫、私は生きて帰る。
きっと、生きて帰れる。

生唾をごくりと飲み下して、自分を誤魔化すための言葉を並べ立てた。



ついに私は壁の外に出た。
壁外調査が始まってしまったんだ。


 
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